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年少・なんちゃって学園弓道部パラレル/卒業編


(年少・なんちゃって学園パラレル)

日々の泡、あるいはうたかたの青春(仮) 第31回


 卒業式は恙無く終了した。
 壇上で卒業証書を受け取る有村を、笹渕は後ろの方からじっと見ていた。彼の制服姿も、今日で最後なのだ。いつも着崩されていたネクタイも、今日ばかりはきっちり閉められている。それは、どの生徒も──笹渕を含め──同じなのだけれども。
 その後、学校近くの店を借りて、弓道部のささやかな送別会が行われた。当然のことながら有村は女子部員中心にひたすら声をかけられていて、笹渕はあまり近付けずにいた。
 …少し、ほっとする。バレンタインのあの告白以来、彼には会っていなかった。そのまま同じ一年生部員たちと、他の先輩たちに挨拶をしたりしているうち、送別会は進んでいった。
「あ、先輩。卒業おめでとうございます」
 副部長女史に声をかけると、彼女は「ありがと」と笑って笹渕を隣に座るように促した。素直に座り、彼女の進路等の雑談をする。なんとか志望校に合格した、という彼女は開放感いっぱいの笑顔だった。
「おめでとうございます!」
「ほーんと、すごい嬉しい!弓道部もあるんだよねー」
「続けるんですか?」
「今のとこ、そのつもり。やっぱ、好きだから」
「先輩うまいんだから、辞めるのはもったいないですよ」
「あはは、私みたいなんはザラよー。でも…ねえ、」
「え?」
「ちょっと、笹渕くんと話したいことあったんだ」
 ひとしきり笑うと、彼女はふと、思わせぶりに笑って笹渕の顔を覗き込んだ。笑顔だったけど、でも探るような目に、笹渕は口ごもる。

「…有村に、言われたんでしょ」

 驚きのあまり、笹渕は固まったまま何の反応もできなかった。彼女はふ、と笑い、「驚かせてごめんね」と言った。
「…なんで、先輩…」
「え? なんで知ってるかって?」
「はい…」
「んー…最初は、有村の態度があからさまだったし気付いたっていうか。その後は延々あのヘタレ男の愚痴聞いて大変だったのよー」
「…いつから…」
「ん? けっこう最初から、かな」
「……」
 驚くやら恥ずかしいやら、何とも言えない感情で沈黙するしかない笹渕を前に、彼女は苦笑して「でもね」と告げた。
「あいつ、ああ見えて本気だからさ。…ちゃんと真剣に考えてあげて。決めるのは笹渕くん自身だけどね」


 あいつが本気だってことは、信じてあげてよ。
 彼女はそう言うと、ほら、と離れたところにいる有村の方を指した。他の部員と話していた有村が、いつの間にかこっちの方を見ている。
「気になって仕方ないんじゃない? …有村ー」
 彼女が呼ぶと、すい、と有村が近付いて来た。にこにこと、でも少し警戒したように。
「んだよー」
「今日、笹渕くんと話してないんじゃないかと思ってさ」
「そうだけどさー」
 何を話していたんだお前は、そう目で訴える有村に、彼女はにっこり笑って言った。
「てかさ、記念撮影しなよ。一緒に撮った事ないっしょ」

「え」
「あーそうだ。ナイス。これで撮って!俺のケータイ!」
「はいはい。はーいじゃあ笹渕くん有村とくっついてー」
「え。え」
 ぐい、と有村に後ろから肩を抱かれて、笹渕は少しよろけた。笑ってよ、そう言われるが、ぎこちない笑みになり、笹渕くん硬いよ、と笑われた。
「ついでだからお前と3人でも撮るかー」
「ついでとは何よ。じゃあ笹渕くんを挟む! 可愛い後輩と!」
 それから他の部員も加わり、暫し撮影大会になった。有村と並んだのは最初の2枚だけ、だった。だけどその時、並んだ有村の顔が近くて、──それからどうしても、近付けなかった。
 あの時、告白された時に触れた、唇の記憶が鮮明に蘇る。


 結局、その日はそれ以上、有村と二人きりで話すことはなかった。






 卒業式は3月1日に行われて、その後も1年生である笹渕は普通に授業がある。部活もある。

 有村が指定した5日はもうすぐだ。というか明日だ。だというのに、笹渕はまだ自分の答えが決まらずにいた。どうしたらいいのか、自分はどうしたいのか、全然分からないのだ。
 はっきり好きで付き合いたいかというと、そうとは考えられない。ならば、きっぱり断る、という選択肢もある。卒業してしまった先輩だし、今後も顔を会わすわけではないのだし。しかし、そう即答できるほど、有村に対して興味がないかというと、それも違うのだ。堂々巡りの気持ちを、笹渕は持て余していた。
「なーんかぶっち、元気ねーな」
 練習中、矢道から戻ると同級生の部員にそう声をかけられた。そっか?と誤摩化すようにしたが、相手は納得していないようだった。悩み事かー?としつこく聞いて来る彼をあしらって、もう今日は帰ってしまおうか、そうため息をつく。部活動の時間は割とまちまちで、当番以外は早く帰っても問題なかった。そうだ、もう帰ろう。集中できないまま練習していても仕方ない。
 決心した笹渕は、先に上がります、そう声をかけてひとり部室に戻り、制服に着替えた。そして部室を出て──思いがけない人物が立っていることに、驚く。

「もう帰り?」
「…先生」

 ドアの先に、顧問の長谷川が立っていた。道場に行こうとしたら笹渕くんだけ見えたから、と柔らかく笑われて、調子悪いんで、と言い訳じみたことを言ってしまう。長谷川はにこにことしたまま、そう、とだけ言ってゆっくり歩き始めた。つられて笹渕も歩き出す。向かっているのは道場とは違い、校門の方だ。

「…ねえ笹渕くん、僕は教師だから、あんまりこういうこと言わないようにしてるんだけど」

 校舎脇に来たあたりで静かに、隣の長谷川から話しかけられて、反射的に笹渕は隣を見た。長谷川が足を止め、笹渕も立ち止まる。生徒たちもまばらで、近くにはいない。
 長谷川は笑顔だった。困ったような、迷っているような、──それでも、笑顔だった。


「好きな子に告白するのってすごく勇気がいるから、君が悩んでるのは、ちゃんと相手と向き合おうとしてるってことだし、…それだけでも、相手にとっては嬉しいことだと思うよ」
「…っ」
「答えはどうであれ、せめてそれだけは伝えたら──嬉しいんじゃないかなあ」


 …どうして。
 どうして知ってるんですか。そう言いたくて言えずに、ただ呆然と長谷川を見つめる笹渕に、彼は笑って「何となくね、そうじゃないかなって」と誤摩化した。笑顔は相変わらず柔らかかったけれど、だけどそれ以上聞けないオーラがあって、笹渕は口ごもり、でも、ともごもごと言った。
「でも、俺…」
「うん?」
「俺、ほんと、どうしていいか分かんなくて…」
「…うん」
「あの人のこと、嫌いじゃないけど、でも好きかっていうとそうも言い切れないし、でも、これからも会えるのなら会いたいし、でも」
「…うん」
「でも、答えが欲しいって言われてるし…!」
 溜め込んでいたものを吐き出すように、堰を切って言葉が溢れる。混乱しながら紡がれる支離滅裂な言葉を、長谷川はやんわりと微笑みながら聞いて、うん、と頷いて笹渕の肩に手を置いた。

「じゃあ、それをそのまんま伝えたらいいよ」




 ぼんやりとしたまま帰宅してから、メールが来ていたことに気付いた。有村からだ。「明日、会ってくれる?」とだけの、簡潔なメール。笹渕は迷わず「はい。どこにしますか?」と返信をした。
 自室のベッドに寝転がって携帯を見ながら、笹渕はここ数日の出来事をぐるぐると思い出した。先輩も先生も、有村が自分に告白したってことを知っていた。そして、有村を応援してる感じだった。でも、──二人とも、あくまで笹渕の気持ちに委ねて、決して促したり、願ったりもしなかった。
 決めるのは君だし、無理に決められなくても、いいんだよ。ちゃんと向き合ってあげてるってことが、大事。

 …先輩も先生も、すごくいい人なんだな。
 それだけは分かる、と笹渕は思う。有村先輩にも、俺にも、すごく優しくしてくれてる。

 ややあって、有村から明日の場所と時間が送られてきた。指定時刻は夕方、場所はこの前の店でだった。──告白された、店。
 帰り道で有村にされた、強引なキスをまた思い出して目眩がした。笹渕にとってファーストキスだった。とても忘れられるものではない。柔らかな感触と、それと。



 ジンジャーエールの味がしたんだ。
 




(今度こそ、3月5日編に続く)
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なんちゃって学園弓道パラレル年少、第十四弾「卒業編」でした。いや卒業式は半分くらいか。
引っ張ってすいません。返事までの笹渕くんの葛藤がどうしても書きたくて。次こそは先輩にお返事するよ!
しかしバレンタイン編から季節感とマッチしてきたと思ったのに、書くの遅くてずれてきた…(がっかり)

ちなみにタイトルは「泡=ジンジャーエール」ってことで。