青春のゆらめき・前編(仮) 第15回
そもそもの発端は、練習帰りに寄った店での会話だった。
「うちの副部長たちって、付き合ってないのかなあ」
ポテトを食べながら、笹渕の正面にいた女子部員が言った言葉に、その場にいた者たちが「ええ?」と反応する。今日は土曜日で、午前中に練習を終えた一年生部員のうち、男女4人ほどで駅のファーストフード店で昼食をとっていた。
「付き合ってるって、有村先輩と…」
「うん、女子副部長と男子副部長。すげー仲良いじゃん」
彼女の言葉に、全員がそういえば、といった顔で頷き、でもそうなの?という疑問を投げる。
「でも付き合ってるっていう話は聞いたことないけど?」
「そうだけどさあ。でもよく一緒に練習来るし、一緒に帰ったりしてるし」
言った本人はキラキラした顔で力説し始める。他の者は──笹渕を含め──少々呆れながらも、興味がないわけではないので聞き入っていた。
「しかもね、この前の木曜日、補習で練習ないのに、前通りかかったら二人で弓道場にいたんだよ。イケナイもの見ちゃった!て思って逃げちゃった」
「練習してたんじゃねえの?」
「うん、弓持ってたしそうだけど、だって二人っきりだよ!」
二人きり、というところを強調して熱弁をふるう彼女に、皆同意したり反論したり、対応は様々だった。女子ってこういう話が好きだな、と笹渕は思いながら、有村と女子副部長を思い浮かべてみる。
弓道部は男女合同の部なので、男子の部長に副部長は男女一名ずつ、という構成だった。確かに副部長同士はクラスも同じらしく仲が良く、よく一緒に練習に現れるし校内を一緒に歩いている姿も見た事がある。当然女子の中では一番上手い彼女はすらりと背が高くなかなかの美人で、有村とお似合いに思えた。
「でもさー、仲良いのと付き合うのは違うじゃん。小学生じゃあるまいし、一緒にいただけでそう思うなよー」
笹渕の隣に座っていた男子部員が茶化すように言うと、主張していた本人は「だってえ」とむくれた。そして笹渕の方に向き直る。
「笹渕くんはどう思う? あやしいと思わない?」
「あやしい、って…」
どうかなあ?と苦笑して首を傾げた。正直、どうとも言えない。そのはっきりしない答えが不満だったのだろう、どうしても付き合っていることにしたいらしい彼女は、くるくるとコーラのストローを回した。
「ねー、男子部員たちでそういう話はしないのー?」
「しねーよ、先輩となんか。ていうか、できなくねえ?」
「ふーん」
「すげー不満そうだな、お前」
他3名の視線を受け、「だって」と彼女は口を尖らせる。
「美男美女のトップ同士のカップルって、マンガみたいで素敵じゃん!」
至極単純な理由に、笹渕はじめ全員が笑った。なんだー面白がってるだけじゃんー、そう盛り上がった時、もう一人の女子部員が「あ」と声をあげた。
「──噂の二人!」
一斉に彼女の指す方向を見ると、店の外を話題の副部長同士が二人で歩いていた。全員思わず沈黙して凝視してしまう。するとガラス越しに二人が気付き、笑って手を振って来た。慌てて会釈をする一年生部員たちの前を通り過ぎ、二人は改札に消えていった。
「見ちゃった」
「うん。やっぱそうだよね、デートだよね!」
「そうかな? 帰る方向が一緒なんじゃない?」
「違う!」
付き合ってる説を打ち立てた女子が誇らしげに言った。
「だって有村先輩、○○線じゃないもん。あの方向って都内だもん。デートだ!」
翌週の練習時、一年女子部員の中ではすっかりその話が広まっていた。笹渕のところに「見たの?」と聞いて来る女子もいる。
「女ってこういう話好きだなー」
土曜日に一緒に目撃した男子部員が、呆れたように言った。笹渕も苦笑する。
「確かに一緒に改札入ったけど、そんだけかもしんないのに」
「そうだよねえ」
「なんか俺、先輩たちが気の毒になってきた」
「そんなに気になるんだったら本人に聞きゃいいのにな」
「そう言ったんだけど、そんなの聞けないよ!って騒いでたよ」
確かにそうかもしれないが。まあ詰まるところは、その話で盛り上がるのが楽しいのだろう。笹渕はあまり気にせず、練習に入った。
その日の練習後、掃除当番に当たっていた笹渕は居残りで雑巾がけをした。本来は練習前にやるのが筋だが、いつからか練習後の慣習になっていて、1・2年生は漏れなく2週間置きに回ってくることになっていた。そのせいで随分と暗くなった中で、同じ当番の1年生と校門まで来た時、ふと忘れ物に気付く。
「やっべ。俺財布忘れてるかも」
「マジー?やべーじゃん」
「掃除の前に出したからー…道場だわ、取って来る。先帰っていいよ」
「分かった、じゃあな」
同級生と別れ、小走りで弓道場に戻る。なくなっていたら一大事だ。
しかし道場の前まで来て、明かりがついていることに気付いた。掃除が終わってから消したはずなのに。不審に思って近付くと、中から声がする。
「…本気なんでしょ?」
「うん、多分」
「多分ってなによ。この遊び人が」
「ひどいよなあ、お前は」
どきりとした。噂の二人、だ。男子副部長の有村と、女子副部長。ドアの前で入るのをためらっていると、はっきりとした女の子の声がした。
「あんたの好みや行動パターンなんか読めてるって。こんだけの付き合いなんだから」
──ああそうか、と思った。なんだ、本当に付き合ってるんじゃん。
そう思ったら、なんだかとてもびっくりして、思わずドアをがたり、と揺らしてしまった。しまった、と思い、勢いでそのままドアを開ける。弓道場の中には制服姿の男女副部長がいて、驚いたように笹渕を見た。特に、壁にもたれていた有村がひどく驚いたような顔をしていた。
「あ、あの、失礼します」
動揺したまま入口でまごまごしている笹渕に、最初に動いたのは女子副部長だった。縁に座っていた彼女はにっこり笑い、「どうしたの、笹渕くん」と聴いた。
「あのー、財布忘れちゃったみたいで」
「財布? 嘘、大変じゃない」
そう聞くと彼女は立ち上がり、靴を脱いで弓道場に上がった。ぐるりと道場内を見回してから道具のまとめてある辺りに行き、しゃがんで物色する。
「この辺とか怪しいよね?」
「あ、はい、多分…っ」
先輩を動かしてしまったことに気付いて、慌てて笹渕も靴を脱いで道場に上がった。がさがさと道具を動かしていた彼女が有村を見遣り「ぼーっとしてないで、あんたも」と言うと、はっとしたように有村が動いた。
「あ、ごめん、どんなの? ぶっち」
「あ、いや、自分で探しますから!」
すっかり恐縮している笹渕を横目に3年生2人はあちこちを探し、やがて「あ、これじゃない?」という女子副部長の声とともに笹渕の財布は見つかった。隅の方、道具に挟まれる形になってしまっていたらしい。
「これです! ありがとうございます!」
財布を手渡され、心底ほっとして礼を言う。「良かったねえ」と彼女は笑い、ちらりと有村を見た。視線を受けた有村が苦笑して、はたと笹渕は気付く。そうだ、俺、邪魔してしまった。
「えーと、ありがとうございました! じゃあ俺はこれで、失礼します!」
笹渕は一気にそう言うと、急いで靴を履いて、驚いたような2人に会釈をして弓道場を後にした。有村が呼ぶ声がしたけれど、振り向かずに走った。見てはいけないものを見たような気がして、心臓が激しくドキドキとしていた。
駅に着いて、一旦止まって呼吸を整える。なぜこんなに自分がドキドキしているのか、だんだん混乱してきた。
──きっと、びっくりしたからだ。噂は聞いても、本当にそんな風には思っていなかったから。なのにはっきりと見て、それでびっくりしたんだ。
きっとそうだ、そう自分に納得させるようにして、笹渕は頭を振った。とりあえず帰ろう。そう思って、改札に向かおうとした時、後ろから強く肩を掴まれた。
「ぶっち…!」
「え…?」
強く引かれて振り向くと、息を切らした有村の顔が、目の前にあった。
(続きます)
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なんちゃって学園弓道パラレル年少、第五弾「噂の二人・前編」でした。
なんとなく「待て次号」になっちゃってすいません、長くなりすぎたので一旦ここで切ります。有村先輩頑張ります。
女子副部長は同じ部で一番美人だった同級生を見た目だけイメージしました。
人数足りないので部員はオリキャラになっちまいますが、名前を出さないように苦労しております(笑)
現実を丸無視したパラレルですが、楽しんで頂けましたら幸いです。