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年少・なんちゃって学園弓道部パラレル/体力測定編


第2回 青春の門(仮)


 笹渕が高校に入学して1ヶ月ほど経った4月末、全校をあげての体力測定の日があった。
 この日は一日中、全校生徒がそれぞれにプログラムに沿って身体測定およびスポーツ測定を行う。そしてそれぞれの項目の測定係は、各部が受け持つことに決められており、その部内で時間ごとに交代で当番を受け持った。
 弓道部の受け持ちは、背筋測定だった。

「やっべー、俺全然身長伸びてねえ!」
「マジ? 俺去年より5センチ伸びた」
「いいなー、もう止まったとかねーよ!」
 仲の良いクラスメイトとわいわいと回りながら、笹渕はちょうど昼前に背筋測定に向かった。体育館の一角で、そろそろ昼食時ということで随分と人もひいてしまっていた。
「あー俺、昼からは当番だから測定係の方行かなきゃだわ」
「あ、弓道部が背筋なの? じゃ、計ってんの同じ部の奴?」
「うん、そのはず…」
 喋りながら近くまで行って、笹渕は思わず口ごもった。待て、測定場所にいるのは、顧問の長谷川先生と、2年生の先輩と、それと。
「あ。一年のぶっちくんだー」
「…有村先輩?」
 3年で副部長の有村が、ひらひらと手を振っている。長めの髪は部活の時と同じくまとめられているが、当然ながら、ジャージ姿だ。
「……3年生って、当番やりましたっけ?」
 驚く笹渕、およびクラスメイトたちを前に、長谷川先生が笑って言う。
「うちの部、部員少ないでしょ? だから優しい部長と副部長も人数に入ってくれてね」
「そうそ、優しいでしょ? はーい皆、並んで。測定するよー」
 なんとなく最初に並ばされ、少し緊張しながら笹渕は測定器を持った。目の前には有村が座り込み、じっと手元を見ている。
 まだまだ基礎練習ばかりの1年生・笹渕にとって、3年の有村と触れ合う機会はほとんどなく、こんな至近距離は初めてだった。緊張をほぐすように息を吸い、測定の器械を力一杯引く。有村が数字を読み上げる声が聞こえて、ほっと力を抜いた。
「まあまあじゃない?」
 にこにこと言いながら、有村は笹渕の測定表に数値を書き込んだ。そう言われても、初めて測った笹渕には数値が良いのか悪いのか分からない。しかし、続くクラスメイトたちの数値も似たり寄ったりだったから、平均的ではあるようだ。
 ありがとうございました、と礼をすると、「はいご苦労さん」と笑った有村に「ね」と声をかけられた。
「ぶっちくんの当番は、終わったの?」
「あ、まだです。昼イチで入ります」
「あ、そうなのー。じゃあ俺来るから」
「え。…あ、はい」
 突然そう言われて戸惑って、間抜けな声を出してしまった。有村は気にした様子もなく「じゃあまた後でね」とひらひらと手を振っていたので、とりあえず礼をしてその場を去った。
「なーあの先輩が副部長?」
 体育館を出たあたりで、クラスメイトに聞かれた。
「あ、うん」
「やっぱそっかー」
「あーやっぱり」
 笹渕が肯定すると皆が口々に納得したような返事をする。不思議に思って聞くと「え、お前知らないの部員のくせに」と言われた。
「最初の部活紹介でさ、色々見たじゃん? それで女子が騒いでるかっこいい先輩ってのが何人かいるんだよ」
「そうそ、そんで弓道部の副部長もよく聞くぜ?」
「ええ? 知らなかった。そりゃー同じ部の女子が言ってるのは知ってたけど」
「鈍いよお前ー」
「だって弓道部ってサッカー部とかと違って目立たない部じゃん」
「まーそうだけどさー」
 時間はそろそろ昼休みになって、笹渕たちはそのまま教室に向かう。玄関で靴を履き替えながら、クラスメイトの一人が思い出したように言った。
「でも本当、この先輩だ!ってすぐ分かった。他の運動部と違って綺麗系だからいいって、クラスの女子が言ってたからさ」


 昼休みの終了時間に、笹渕はひとり測定場所にやって来た。長谷川先生がひとり座って待っている。
「ああ、笹渕くん」
「当番なんで来ました。他の人は?」
「うん、まだみたい」
 当番表を見ると、同じ1年の女子部員の名前があった。遅刻らしい。長谷川は気にしない風に「じゃあ先に説明するね」と器具の使い方と数値の見方を簡単に説明してくれた。
「書く場所と数字さえ間違えなければOKだから」
「はい」
 顧問の長谷川は割とマメに部活を見に来る方で、年も若く穏やかな物腰で生徒に懐かれていた。まだ入部して1ヶ月足らずの笹渕も緊張することなく話せる。
 昼休み直後は皆あまり動きたくないらしい。生徒が現れないので、──ついでにもうひとりの当番も現れないので、しばらく雑談をしながら、笹渕は何となしに先ほどのクラスメイトの言葉を思い出した。
「さっきクラスの奴らに聞いたんですけど、有村先輩って人気あるみたいですよね」
 長谷川は一瞬きょとん、とした顔をし、すぐに「ああ」と笑った。
「なんかねえ、学年が上がるごとに下級生の女の子に騒がれるようになったみたいだよ。うちじゃ一番うまいしね」
「でも部以外の女子も知ってるらしくって」
「ああ、弓道部って見た目ですぐ分かるし、道着着たらかっこよく見えるしね」
 ほんわかと笑う長谷川に、それだけかなあ、と首を傾げる。そんな笹渕の気持ちが分かったのか、くすくす笑いながら長谷川が言った。
「弓道って珍しいしぱっと見かっこいいから、毎年入学シーズンの時は、道着着てあちこち歩けばそれで勧誘になるんだよね」
「そうなんですか」
「──まあ、有村は特に、だけど」
 含みのある言い方に長谷川を見ると、彼は変わらずほんわか笑っていた。
「今年の勧誘シーズンで部長が言ったのが『とりあえず有村に道着着せてデモンストレーションさせたらいい』だったんだよ、実はね。部員みんな笑って全員一致だった」
「ええ? それで有村先輩も納得したんですか?」
「俺は客寄せパンダなの?とか言ってたかなあ。まあ、やってもらったお陰で部員も入ったんだけど」
 思い出したのだろう、長谷川は笑いながら続けた。
「でも笹渕くんも見たんでしょう? 覚えてないの?」
「──覚えてます、けど」
 確かにインパクトはあったし、入部の動機のひとつにはなった。しかしそこまでの記憶がないということは、やっぱり女子とは違うところだろう。
 それにしても、3年生の体つきと1年生とはまったく違うものだ。あの時の有村は、とにかくひどく大人びて見えた。
「やっぱりね、1年2年続けて弓道やってると、すごくいい身体になるからね。道着も映えるんだよ」
 笹渕の疑問に長谷川が答える。聞けば彼はこの高校に赴任して顧問になってから3年目で、つまり有村が入部した時から知っていることになる。
「最初は皆、笹渕くんみたいに細かったんだよ。それがねえ、弓を引いてると本当すごく引き締まってくるからね」
「そうなんですか?」
「本当本当。ちゃんと部活やれば、有村みたいになれるって」
 笑う長谷川の目は優しい。彼の担当教科は化学で主に2、3年生の担当だから授業を聞いたことはないが、優しそうでいいなあ、と漠然と笹渕は思った。そういえば、有村と同じく長谷川の今日の服装もいつもの白衣と違い、ラフなTシャツにジャージだ。
 話をしているうちにちらほら生徒がやって来た。器具は2組なので長谷川に手伝ってもらいながら、係の仕事をこなしていると、宣言通りふらりと有村が現れた。クラスメイトと何人か、一緒だ。
「測りに来たよー」
 測定器の前に立ち、有村が見下しながらにっこり笑う。また緊張してしまい、会釈だけして目の前の数値を見るふりをした。──確かに綺麗系だよな、この先輩。
「よ…っ、と」
「…え、すごい…!」
 有村のはじき出した数値を見て、思わず声が出た。自分と比較するのはともかく、測った中でも一番の数値が示されている。測定表に数値を書き込んで渡すと、有村は嬉しそうに笑った。
「おー、よし今年も上がった!」
「お、やっぱすげーな有村」
「弓ですよ弓」
 笹渕も本気で驚きつつ、弓なのか、と呆然と思っていた。どれどれ、と有村の手元を覗き込んだ長谷川も「おお、上がってるねえ」とにこにこしている。そんな笹渕の視線に気付いて、「ぶっちくんも弓頑張ったら伸びるよ」と言った有村が、ほら、と自分の測定表を戻してきた。
「俺1年の時はこんなん」
「あ、ほんとですね…」
 確かに1年生時の数値は笹渕より低いくらいだった。それが2年、3年と飛躍的に伸びている。
「で、胸囲もこんだけ変わるから」
 指された欄を見て驚いた。1年から2年で、胸囲が10センチ以上増えている。
「こんなに変わるんですか!」
「うん、びっくりするくらいすげー変わる。そのうちシャツのボタン、留まらなくなるよ」
「嘘!」
「いやホント。でも、筋肉って一旦膨張してから引き締まるらしくって、また留まるように戻るから大丈夫〜」
「へええ…」
 感心しながら、無意識に目の前に屈み込む有村の胸に目がいっていた。ジャージの下でも分かる、がっしりした肩幅だ。それに気付いた有村が、にこりと笑う。
「気になる?」
「え、あ…」
「けっこう堅いよ? …触ってみる?」
 有村の言葉に導かれるように、思わず手が空を泳いだ。その手首をそっと有村が掴む。
 …ほら?


「有村ー、後ろ詰まってるんだけど」


 長谷川に声をかけられ、すっと有村の手が離れた。「あーごめんなさいー」とあまり反省した風もなく言った有村が身を起こして、笹渕は掴まれていた手をぱたりと落とした。
「じゃーねえ、また道場で」
「あ、はい」
「長谷川せんせーもまたねー」
「はいはい、ちゃんと時間内に回りなさいね」
「はーい」
 軽口を叩きながら何事もなかったように有村は去った。彼の姿が見えなくなって、やっと笹渕は息をつく。本当はずっと、どきどきしていた。有村に手首を掴まれてから。
 様子の変わった笹渕に、長谷川が「どうしたの?」と聞き、口ごもると「有村にからかわれたのかな」と優しく言われた。からかわれた、のだろうか、あれは。よく分からなくて、そっと息を吐いた。
「…有村先輩って、なんかこう、掴めません」
「え? そう? まあマイペースだねえ」
 長谷川はそう言ったが、どうにもしっくりこない。──彼のペースに引き込まれたのは確かだろうけれど。
 その頃にやっともう一人の当番の女子部員が来て測定係を交代した長谷川が、少し離れたところから、心持ち赤くなった顔で係の仕事に戻った笹渕を微笑ましく見ていたことを、笹渕本人は気付かなかった。




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なんちゃって学園弓道パラレル年少、第三弾「体力測定編」でございました。時系列でいうと一番最初ですね。
でもまた有村先輩がタラシというかセクハラというか。こんな高校生いないって。
そして長谷川先生が登場しました。お約束の白衣を着せるために化学教師。