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年少・なんちゃって学園弓道部パラレル/噂の二人・後編


青春のゆらめき・後編(仮) 第16回


「もー…、呼んでたのに行っちゃうんだもんな…」
 呼吸を整えながら苦笑する有村に、笹渕はただ驚くだけで何も言えないでした。どうしてここに、彼がいるんだろう。自分を追いかけて来たみたいだが、意味が分からない。目を丸くして見返す笹渕の腕を、有村が引く。
「とりあえず、ちょっと移動しよう」
「え」
「もーちょっと静かなところ」
 改札前だと落ち着かない。そう言われ、何がなんだか分からないまま笹渕は駅の外に連れ出された。
「あのさ、ぶっち。なんか誤解してない?」
 駅の外、人通りの少ない自転車置き場の辺りで立ち止まった有村は、設置された花壇の縁に座って笹渕を見上げて聞いた。
「まずさ、何で走って帰っちゃったの?」
「え。えーと、…あの、邪魔しちゃったかなって…」
「あー…」
 恐る恐る、といった感じで答えると、有村はがっくりと頭を抱えて呻くような声をあげた。そのままうーうー言いながら、言葉を続ける。
「何の邪魔だって?」
「えと、あの、先輩たちが、その…」
 まずいことを言ってしまったのだろうか。動揺して上手く言葉を紡げない笹渕の前で、がばりと有村が顔を上げた。そして真っすぐな視線を向けながら、はっきりした口調で聞いた。
「一年の間では、俺らが付き合ってるとか、そういう話になってるわけ?」
「………はい」
 視線の迫力に気圧されて、少し遅れて頷く。次の瞬間、再び頭を抱えた有村が「有り得ねーー!」と叫んで、笹渕はとても驚いた。



 有村が笹渕を追いかける前。
 笹渕が去った弓道場で、慌てて彼を呼ぶ有村に、後ろから女子副部長がぼそりと言った。
「ねーあの子、きっと誤解してると思う」
「なにが」
「私とあんたが付き合ってるって思ったんじゃないの?」
「はあ!?」
 本気でびっくりしている有村に、彼女はため息をついた。
「なーんか、一年の中ではそういう噂になってるみたいよ。だから余計、誤解したんじゃないの?」
「嘘、マジで!? 有り得ねー!」
「私だって嫌だっちゅうの。ていうかさー、いいの? あの子、気をきかせたつもりで逃げたんだと思うけど?」
 本気なんでしょ?
 真っすぐに見てそう言われ、有村の顔がはっと引き締まった。それを見た彼女が微笑んで、有村も笑う。
「そうか、やっべ。俺ちょっと追いかける」
「そうだね、頑張れ少年」
「からかうんじゃねえよ。でもま、サンキュ、また明日」
「うん、また明日」
 ダッシュで追いかける有村の後ろ姿を見ながら、やれやれ、と帰り支度をし、道場を出た彼女の前に白衣が現れた。
「あ、先生」
「まだ残ってたの? 一人で?」
 顧問の長谷川だった。明かりがついていたようなので見に来たらしい。
「あー…有村くんと一緒だったんですけど、さっき先に帰りました」
 そう答える副部長に、「女の子ひとり残してねえ」と苦笑する。そうですね、と笑った彼女がふっと息を吐く。
「私なんかよりも大事な後輩を追っかけて行っちゃいましたよ、あいつ」
「え?」
「なーんか、お気に入りの後輩がいるんです、有村には」
 男子ですけど。
 そう付け加えた言葉に長谷川が固まったことに気付いたのか気付かないのか、彼女は「じゃあ鍵返して帰ります」と一礼した。
「あ、鍵は僕が返しておくから」
 慌てて長谷川は手を出した。鍵を受け取りながら副部長の顔を見るが、表情は読み取れない。
「じゃあ、先生さよなら。また明日」
「うん、さようなら。もう暗いし、気をつけて早く帰りなさい」
 はい、と去っていく彼女を見送りながら、長谷川はひとり考え込んでいた。



 翌日の練習が終了し、道場を出ようとした笹渕は、女子の副部長に「今日この後、なんか用事ある?」と声をかけられた。
「着替え終わったら、帰りにちょっと戻ってきてくれない?」
 昨日の今日ということもあり、なんだか緊張したが、断る理由もないので笹渕は頷いた。着替えを済ませ、帰る用意をして戻ってくると、道場の外で彼女が待っていた。
「ごめんね、呼び出して。──ちょっとこっち」
 そう言って笹渕を手招して歩き出しながら、一瞬道場に振り向いた。見ると有村が道場から覗いていて、彼女が「ばか、来るな」と追い払う仕草をすると顔を引っ込めた。
「ったくあの男は…」
 困ったように言う先輩に導かれるまま、道場から離れて、体育館の横まで移動する。何事かと緊張気味な笹渕に「ごめんね」と彼女は微笑んだ。
「びっくりしてるよね。人がいないとこでしたい話だからさ。有村もウザイし」
「あ、いえ…」
「で、昨日のことだけど。有村が弁解に行ったと思うんだけど、ちゃんと伝わったのかなーって思って」
「えーと…」
 もごもごと答えながら、有村、と名字を呼び捨てているのだ、と思った。昨日、有村も彼女を名字で呼んでいた。「俺と──が? 有り得ねえ!」──あれは、弁解だったのだろうか。
 どう答えたらいいのか、逡巡する笹渕に、彼女はふ、と息を吐いて、「まずさー」と嫌そうに言った。
「これだけははっきりさせたいけど、私と有村は付き合ってないからね」
「…そう、言われました」
「うん、本当に付き合ってないからね。なんか一年の間じゃそう盛り上がってるみたいだけど、付き合ってないからね」
 何度も繰り返す彼女は本当に嫌そうで、昨日の有村の姿と被った。「あいつと付き合ってないから!」と有村も嫌そうだった。
「確かに仲はいいと思うけど、私、有村と3年間クラスも部活も一緒だからね。そりゃ仲良くもなるでしょ」
「有村先輩も、そう言ってました」
「それで、有村に聞いたけど先週の土曜日? 一緒に改札に入ってったっての。確かに一緒に都内に行ったけど、たまたま2人とも一緒の美術展が見たかったから一緒に見に行っただけだって」
「それも聞きました。…すいません」
「いや、謝って欲しいわけじゃないんだけど…なんかなー」
 疲れたような薄い笑顔で言った彼女は、体育館の壁にもたれて「はあ」とため息をついた。
「私は男女間の友情ってあると思うんだけどねえ」
「それも、有村先輩、同じ事言ってました」
「えー…言う事全部被ってんのー? …ま、いいか。だったら納得してくれた? 付き合ってないって」
「ああ、はい。俺は」
「俺は、…か」
 乾いた笑いを零した彼女は「ま、そのうち誤解も解けるでしょ」と諦めたように言い、「で」と笹渕に向き直った。
「有村は笹渕くんを追っかけて捕まえて弁解して、で、その後は?」
「は?」
「付き合ってないよ!て伝えて、他に何か言わなかったの? あいつ」
「え。…ええと、…あの…」
 じっと見られ、懸命に昨日の会話を思い出す。──とは付き合ってないから、と言いにきた有村は、分かった?と念を押して、笹渕が頷くとやっと安心したように笑った。良かった、誤解されたら困る、そう言って。

 あれは、何だったんだろう? 立ち上がった有村に頭を撫でられ、そして。
 ──俺、むしろぶっちの方が好きだし。

「……むしろ、後輩とかの方が好きだから、みたいな? そんなことを言ってました」
 笹渕なりの解釈をして伝えると、彼女は一瞬きょとんとし、その後脱力したように壁伝いに座り込んだ。「有村ー…」と呟きながら。
「あーあー…それで歯切れが悪かったわけね…まあね、うん、そんなことだろうとは思ったけどねー…」
「えと、あの」
「あ、うんごめん、笹渕くんは何も悪くないから。有村がヘタレなだけ」
「え?」
「うん、いいから気にしないで。後で私が話しておくから。うん」
 何かを納得したらしい先輩に、訳が分からないまま笹渕は頷いて、一緒に道場に戻った。道場前でもう一度「時間取らせてごめんね」と謝る彼女に首を振った時、「あれ」という声とともに長谷川が現れた。2人を交互に不思議そうに見ている。
「なんか変わったコンビだね」
「ああ、ちょっと笹渕くんに用事があって、話してたんです」
「そう。昨日は無事に帰れた?」
「はい」
「あ…」
 そうか、と笹渕は急に気付いた。有村が一人で追いかけてきたということは、彼女はあの暗い夜道を一人で帰ったのだ。固まる笹渕に、彼女は笑って「私が追っかけろ!てけしかけたから、有村が悪いわけでもないから」と言った。
「色々言ったけど、あんまり気にしないで。とりあえず、付き合ってない!てことだけは言いたかったから」
「あ、はい。じゃあ、俺帰ります」
「うん、また明日」
 はい、と言った笹渕がひょこひょこと去って行くのを見て、長谷川は「ねえ」と副部長を引き留めた。これは、まさか。
「昨日有村が追いかけた後輩って、笹渕くん?」
「そうですよ」
「…お気に入りの後輩って、」
「ええ、笹渕くんですよ」
「えーと…」
 あっさりと答える彼女を見て、少々言葉に詰まる。どう聞くべきか。
 そんな長谷川を見ながらぱちぱちと数回瞬きをした彼女が「先生」とぼそりと言った。──有村、本気ですよ。

「本気…」
「先生がどう思うのか分からないけれど、あいつ本気だから、見守ってあげてくれませんか」
 友達として、私も見守るつもりなんで。
 長谷川は彼女の言葉に驚いて目を見開き、徐々にそれを笑みに変えた。有村も、良い友達がいるではないか。
 それにしても。
「──さん、有村に相談とかされたの?」
「相談っていうか、いい加減、見てて分かりますから。…先生もでしょ?」
 くす、と笑って見上げられ、「そうだねえ」と長谷川も笑う。きっと部内で一番仲が良いのはこの彼女で、顧問の自分が一番打ち解けているのは有村だ。有村は内に込めるようでいて、慣れてしまえば案外分かりやすい。
「でも、有村ははっきりしないし笹渕くんは鈍いし、もっと有村が頑張んないとなあ…」

 副部長の言葉に、深く長谷川も頷いた。


(続きます)

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なんちゃって学園弓道パラレル年少、第六弾「噂の二人・後編」でした。続いてすいませんでした。
そしてメンバー以外が出ばっちゃってすいません…どうしても「女子」が必要だったんです…
今後の展開にはあんまり絡みませんから!!
(ちなみに、部長とずっとクラスと部が同じで仲良しで噂になったけど付き合ってなかったのは自分の実話。
 付き合ってないのに一緒にロセッティ展とか行った高校生。男女間の友情はあるよ!)
てなわけで、進展するかと思いきや案外有村先輩がヘタレで進みませんでした…

現実を丸無視したパラレルですが、楽しんで頂けましたら幸いです。