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年少・なんちゃって学園弓道部パラレル/図書館編


青春の困惑(仮) 第13回


 蒸し暑くなってきた頃、中間テストのシーズンに入った。
 笹渕の通う高校は前後期の二期制だったから、三学期制の学校よりも最初の中間テストが遅かった。そして年間に4回しかないため、他校に行った中学時代の友達は羨ましがったが、「でもテストの範囲が広い」ということを先輩から言われていたため、嬉しくはなかった。確かにかなりの広範囲だ。加えて、小テストや実力テストといったものが毎週のようにある。なんだかんだと、進学校なんだな、と今更実感する。
 学業優先であるため、部活動も試験前の週は隔日に制限されていた。それをクラスメイトに言ったところ「だったらさ、一緒に図書館行かねえ?」と誘われた。
「なんで?」
「俺、塾とか行ってねーし、家でなかなか集中して勉強できないからさ、図書館なら無理矢理できるじゃん」
 下校時刻まで2時間くらい使えるからさ、そう言われ、同じく試験前で不安だった笹渕は同意した。高校に入学しての初めての定期テストに、不安だった。


「…うわ、まじ?」
 図書館のドアを開けた瞬間、隣のクラスメイトが思わず、といった風につぶやいた。笹渕も驚いて立ち止まる。
 中学までのイメージで、学校の図書館、というところを舐めていたと思った。割合広い座席はほぼ満席で、皆が黙々と参考書やプリントを広げている。ここに来るまでに、教室で残って勉強している生徒の姿をちらほら見たが、この盛況ぶりではそうした方が無難なのかもしれない。
「どうする?」
「あー…でも、離れてなら座れそうじゃねえ?」
「そだな。じゃ、お互い頑張ろう」
「おう。最初っから赤点とか嫌だしな」
 小声で会話をし、笹渕はひとり適当な椅子に座った。数学の教科書と課題プリントを出し、一息ついて試験勉強を始めた。

 そのまま、一時間ほどしただろうか。ふと顔を上げると、勉強している生徒はやや減っていた。
 俺も集中したらできるじゃん。そう思い、笹渕は伸びをする。一緒に来たクラスメイトは、ときょろきょろと姿を探したが見当たらない。トイレにでも行ったかな。そう思い、気分転換に笹渕も立ち上がって、何気なく書架の方に向かった。
 ここの校舎は古い。改築はされているが、所々古びた木造の部分も残っていて、図書館もそうだった。中に置いてある本も古い。
 笹渕は特に読書家というわけではなかったから、図書館に来たのも数えるほどしかない。物珍しさもあって、足を踏み入れたことのない、書架の奥の方に入っていった。よく分からない専門書が並んでいる。借りる人はいるのだろうか。
 そんなことを考えながら書架の間を通り、ふと、奥で誰かが座っているのに気付いた。書架の端にもたれて、投げ出された足が見える。男子生徒だ。
 それまで、書架に入った時から誰もいなかったから、好奇心にかられてそっと近付いてみた。後ろから回るようにして前に立つと、それに気付いたらしい相手がふと顔を上げて、──驚いた。
「…ぶっち?」
「──有村先輩」
 驚きながら小声で名前を呼ぶと、やはり驚いたように見上げていた有村は、ふっと笑って「びっくりしたあ」と言った。
「こっちもびっくりしましたよ。誰か座ってるなーって思ったら」
「──ああ、」
 くすり、と笑った有村は、膝の上に古い本を広げていた。座って読んでいたのだろう。邪魔をしたな、と思い立ち去ろうとする前に、有村がちょいちょいと指で手招きした。
「はい?」
「座って。声響くから、隣にきて」
「…はあ」
 そう言われてしまえば逆らう理由もなく、笹渕は大人しく有村の前で膝をついた。犬が構えているような姿勢に、有村は笑って「そんなかしこまらずに、隣にきて」と身体を少しずらす。戸惑いながら、笹渕はまた大人しく有村の隣に並んで腰を下ろした。
「テスト勉強?」
「あ、はい」
「偉いねー」
 顔を近づけて小声で話す有村に合わせて、笹渕も小声になる。にこにこと笑う有村の顔を、隣で見ながら笹渕は内心びくびくしていた。だって、有村は2つも先輩で、副部長だ。隣に座ったことなどない。
 そしてなんだか、──やたらと距離が近いのは、気のせいだろうか?
「あの、先輩は」
「ん?」
「先輩は、テスト勉強じゃないんですか?」
「あー、うん。一応、そのつもりで来たんだけどね。本読みたくなっちゃって」
 駄目だねー、そう笑う彼の膝の上、本を覗き込んでみて笹渕は絶句した。
「…古事記?」
「うん、そう」
「……試験勉強じゃないんですか?」
「勉強じゃないね、ただ読んでるだけ」
 けっこう面白いんだよこういうの、そう言う有村に、笹渕はただ相槌を打つしかなかった。きっとこの人は読書家で頭がいいのだろう、そう思うしかなかった。しかし、そんな笹渕の反応が面白かったのか「変人だと思ったでしょ」と笑う有村に、「いえあの」と慌てて、でも次が続かない。
「嘘ー。なんでこんなの、て顔してた」
「してませんよ、俺、頭悪いから難しい本読まないんで」
「すげー言い訳がましい」
「ほんとに、」
「あ、し!」
「っ!」
 つい声を荒げてしまった瞬間、有村の手が口を塞いだ。びくり、とした笹渕の肩も、空いた方の手で押さえる。
「…大声出したら駄目でしょ?」

 耳元で、有村の声が響いた。がっしりと顔半分を覆われ、大声を出しかけてしまった、という気持ちと、口を塞がれたという状況に混乱する。
 有村は口と肩を押さえたまま、ゆっくりと顔を笹渕の前に移動させた。ものすごく、近い。
 その唇が吊り上がって、その下のホクロがやけに目について、視線が離せなくなった。その唇が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「──ほんと、ぶっちってかわいい」
 そして、肩と口を覆っていた手が外れ、頭をくしゃりと撫でられた。瞬間的にぎゅっと閉じた目に、柔らかい感触がした。
 驚いて目を開けると、少し困ったように笑う有村の顔が、目の前にあった。
「…そんなに、怖がらないでよ…」



 戻ろうか、そう促されて、笹渕は赤い顔のまま荷物を置いた席に戻った。もう生徒たちもまばらで、笹渕を探していたらしいクラスメイトが「どこにいたんだよ」と駆け寄ってきた。
「俺もう帰るけど、お前は?」
「あ、うん…俺も帰る」
 荷物をまとめながら有村の方を見る。同じようにのんびりと荷物を片付けていた有村は、視線に気付いてにっこり笑い、手を振って来た。笹渕は一礼して、そそくさと図書館を後にした。まだ、頬が熱い。
「あれ、部活の先輩?」
「うん、そう。3年の先輩」
「へー、やっぱ受験生は来てんだな」
「そだね」
 クラスメイトの言葉に曖昧に相槌を打ちながら、笹渕はつい先ほどの出来事を思い返して、頭を振った。あれは、あの感触は。あの、有村の顔は。
 でも、──有り得ない。
「ぶっち? どした?」
「んーなんでもない。──なんかさ、疲れた、かも。テスト勉強とかして」
「おー、真面目にやったもんな」
 誤摩化しながら、切り替えようとしながら、でもやっぱり有村の顔と唇の感触が離れなかった。

 彼のことは嫌いではない。だけど、あの人は、いつも自分を混乱させて悩ませる。困った存在だと、思った。



(まだ続きます)

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なんちゃって学園弓道パラレル年少、第八弾「図書館編」でした。うわあもう8回?うそー!
図書館ネタはいつか盛り込もうと思っていました。趣味です。
(でも有村先輩には図書館に入り浸って欲しい。図書館か弓道場か化学教室にいるはず)
そして、なんとか初期のタラシ有村先輩に戻したくて頑張ったんですけど(笑)
しかし8回目にしてやっとちゅー(しかも目)か…いや学園モノだから健全でいいんだ、うん。


現実を丸無視したパラレルですが、楽しんで頂けましたら幸いです。