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年少・なんちゃって学園弓道部パラレル/個人レッスン編


第6回 青春の影(仮)


 誰もいない日曜の弓道場に、果たして有村は現れた。きっちりと道着を着込んだ姿は、彼の鍛えられた身体を際立たせていて、同性の眼から見ても惚れ惚れと様になっていた。自分も2年後にはそうなれるのだろうか、笹渕は自分の貧弱な身体と比べてこっそりとため息をついた。
「わざわざありがとうございます、先輩」
「いいよー。それより早く着替えておいで」
「はい」
 先輩を待たせるわけにはいかない。更衣室で慌ただしく着替えを済ませ、弓道場に戻ると、有村は一人で中央に立ち弓を構えていた。ぎり、と蔓が鳴り、勢い良く放たれた矢が的中する。弓を引く姿、射る姿、弓を直して矢を番える一連の動作、どれもが絵になる人だと思った。長い後ろ髪がひとつにまとめられていて、それも様になっていた。
 4射全てを打ち終わった有村が構えを解くタイミングで、笹渕は声をかけた。
「1本、外した」
 苦笑して、有村は矢を取りに行った。すれ違い様、ふんわりと彼の髪の匂いがして、一瞬どきりとなる。同じ高校生なのに、随分と違うような気がした。
 涼しい顔で矢についた土を払い、有村が射場(いば)に戻ってくる。自分の弓矢を持って正座して待っていた笹渕を見た彼は、ふんわりと微笑んだ。
「じゃ、始めようか」
「お願いします」
「じゃあ最初から、射位に入るとこからね」
 有村に見守られながら、緊張しつつ笹渕は1射射った。3年生で副部長の有村と違い、まだ1年生の笹渕の矢は弱く、的場まで届かずに落ちてしまった。
「ん、…次、番えて」
 次の1本を弓に番えて、顔を的場に向ける。そして両手を上げる「打起し」の動作に入ろうとした時、不意に両手に有村の手が添えられた。突然のことで動揺する笹渕を他所に、背後から抱きかかえるようにした有村の手が、弓を握る彼の手を先導していく。
「ゆっくり、この位置にまで上げて。そう。そこで止めて、ゆっくり左右対称に引く。…そうそう」
 有村の手が腕をなぞり、肘を掴み、肩を押される。
「右肩、上がってる。もっと下げて。左手ももう少し上」
 長身の彼の声が、こめかみの髪を震わせて響く。彼に導かれるがまま、されるがままに動かしながら、神経は彼に触れられた部分と声にばかり集中してしまっていた。「有村先輩って、かっこいいていうより綺麗だよね」と噂していた女子部員の話が思い出される。

 ───弓引く姿も堪んないけど、声も柔らかくっていいよね。
 ───ぶっちゃけ、有村先輩の練習姿で入部を決めた子って多いんだよ?

「───ぅわっ!」
「おっと、ぶっち、大丈夫?」
 余計なことき気を取られているうちに、矢を放つ前に腕の限界を超えてしまったらしい。ばしん、と音がする勢いで矢をつけたままの弓を戻し、反動で倒れそうになった身体を支えられた。
「……っ! すいません!」
 抱きとめられる形になってしまい、ますます居たたまれなくなって赤面する笹渕に、有村は苦笑して「いいよ、どこも打たなかった?」と聞いた。
「最初はね、どうしても腕とか打っちゃって痣になるから」
「先輩も、ですか?」
「うん、ひどかったよー。左腕内出血だらけ」
 でもそうやって上達するんだからね、と言われ、何だかふっきれた気分になった。そうだ、せっかくのマンツーマンなんだから、集中しなきゃ。
 再び仕切り直して矢を番える。有村も同じように後ろに立ち、笹渕の両手を導いてくれた。
「もっと上。ぶっちの弓はまだ弱いから、上を狙って。…そう」
 笹渕の矢が的を狙い、止まったところで有村は手を離した。そっと離れて笹渕を見守る。
 そのままの姿勢を保ちながら、笹渕は以前有村が言っていたことを思い出していた。───矢は放とうとして放つんじゃなくて、自然に放たれる時に放つんだよ。

「…あ……!」
「お見事」
 無心だった。放たれた矢は綺麗に放物線を描き、初めて的に当たった。
「初めて、当たった…!」
 思わず声が震える。ありがとうございます!と振り向く笹渕に、にっこり笑った有村は「今の感覚、忘れないでね」と言った。
「はい!」
「はい、じゃあ忘れないうちに、次」
「はい!」
 俄然やる気になった笹渕を横に、有村も個人練習に入る。コツを掴んだ笹渕の上達は早く、2時間ほどの練習を終える頃には基本的なスタイルは身につけたようだった。
「ありがとうございました、ほんと有村先輩のお陰です」
「いいえー。ぶっちも飲み込み早いよ。才能あるかも」
「ほんとですか!? 頑張ります!」
 有村に褒められたことが嬉しくて、素直に喜ぶ笹渕に、にこにこと有村も嬉しそうだった。
 そして道着から制服に着替え、駅へと一緒に向かう途中で、そっと有村が微笑んだ。
「でもさ、ぶっち」
「はい?」
「───今日のことは、誰にも秘密ね?」
 特別レッスンしたってこと知られたら、他にも申込み来ちゃうかもしんないし。
「…はい!」
 特別に、ということがまた嬉しくて、素直に笹渕は喜ぶ。でも、と不意に思い当たり、駅の入口で立ち止まった。
「…でも、先輩」
「ん?」
「なんで、俺には特別レッスンしてくれたんですか?」
 そもそも、今日は有村先輩は一人で練習するつもりで道場を借りていたのだ。そこに何故、自分を?
「…さあねえ」
 にっこり笑った有村は、困惑する笹渕に近付いて頭に手を置いた。くしゃり、と髪を撫でるように掴まれる。
「でも、今日は俺も楽しかったよ。また明日」
 耳元で囁かれた声と、髪の匂い、それを残して有村は改札に消えた。彼の姿が完全に消えても、笹渕はしばらくそこに立ち尽くしたまま、動けなかった。
 絡み付くのは、彼の声と、髪の匂い。




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突発的に思いついた、なんちゃって学園パラレル年少でした。
弓道部なのは私がそうだったからです。専門用語を思い出しながら、すげー楽しかった!