(年少・なんちゃって学園パラレル)
音信不通の青春(仮) 第21回
〜せつない片思い あなたは気付かない〜
それは、来週には夏休みに入る、とある土曜日。
閉店間近の中山弓具店に、ひょっこりと背の高い少年が現れた。
「お、どした。何か買い忘れか?」
シャッターを降ろそうと外に出たところだった中山は、制服のまま現れた有村に少し驚いて店内に促した。有村の学校には毎週道具を運んでいるが、今週が夏休み前最後の納品だった。次に行くのは休み明けの予定だ。彼がインターハイに出場することは知っているから、何か必要になったのか、と思った。
しかし有村は「違うんだけどさ」と曖昧に笑って、少し戸惑う素振りを見せた。その姿を見て、以前ここに来た時の彼を思い出す。
「なに。──ひょっとして、前言ってた恋愛相談の続きか?」
何気なく思い当たったことを口にしてみると、有村は一瞬固まってから、小さく頷いた。
この話題だと可愛いなあこいつ。そう思いながら、「店もう閉めるから、お前さんさえ大丈夫なら飯行くか?」と言った。
「ファミレスかあ…飲み屋が良かったなあ…」
「バカ言ってんじゃないよ。制服着てるくせに」
近所の店だとうっかり知り合いに会いかねないので、少し車を走らせて市外のファミレスに入った。制服のまま堂々とそんなことを言う有村に少々呆れる。
「ほい。おごってやるから好きなもん頼め。家が大丈夫なら夕飯食ってくか?」
「あ、うん。親にはメールしたから」
メニューを渡すと、有村は「ごめんね、俺がいきなり来たのに」ともごもご言いながらハンバーグ定食を頼んだ。中山は店員に注文を告げると煙草に火をつけて、有村が口を開く前に「煙草吸いたいとか言うんじゃねーぞ」と言った。
「…先に言わなくてもいいじゃん」
「吸いたそうな顔してっからだ。そういうのはちゃんと隠れてやんなさい」
「吸うなとは言わないんだ」
「そんなもんだろ、酒も煙草も」
自分にも覚えがあるし、教師でもないから、兎や角言うつもりはない。しかし学校に出入りしている身としては、自分と一緒にいる時に法律違反をさせるわけにはいかなかった。
それに。
「それにお前、せっかくインターハイ出るんだろ。喫煙バレて出場停止なんてシャレになんねーぞ」
「……ソウデスネ」
つまらなそうな顔をして有村は俯いた。まったく、このませガキが。中山は心の中でため息をついた。
食事の間、有村はあまり話さず黙々と口を動かしていた。口を開いたのは、食後のドリンクに口をつけた頃だった。
「その、インターハイだけどさ」
「ん?」
「来週末なんだけど、京都なんだよね」
「ああ、今年はそうだっけ?」
インターハイは毎年開催地が異なる全国大会だ。有村は好きな土地らしく「行くのすげー楽しみなんだけど」と笑って、それからいきなり顔を曇らせた。
「でさー」
「うん」
「…前、好きな奴いるって言ったじゃん俺」
「うん」
「……結局、何も進展してないんだけどさ」
「…ああ」
中山は苦笑して煙草を銜えた。好きな相手にどうしたらいいのか分からない、そう真っ赤になって俯いた姿を思い出す。あれから有村とはその話はしていないが、そう言うということは何も変わっていないのだろう。
「結局、告ったりもできてない、と」
「…まーね。鈍いんだもんあの子…」
有村はストローを銜えた口を尖らせて、ずず、と音をたててドリンクを飲んだ。
有村の好きな相手を中山は知っているが、以前相談された時にも相手の名前は聞いていないので、本人はバレているとは知らないだろう。下手なことは言えないので、曖昧に相槌を打ちながら観察していると、「でさ」と有村が顔を上げた。
「なかちゃんはさー、好きな相手に会えなくなりそうだったらさ、どうやって連絡取る?」
「へ?」
「インターハイ終わったら俺、部活引退じゃん。部に顔出さなくなったら会う機会なくなるんだよ。付き合う前に!」
だから、今かなり焦ってんだけど。
そう言って、はあ、とため息をついた有村に、中山は一瞬放心してから苦笑する。
「…お前の好きな子って、後輩か」
「え。あ」
中山の指摘で初めて気付いたように、有村ははっとして口を押さえた。心持ち耳が赤くなっている。そのままもごもごと「そうなんだけどさ、あのさ」と言う姿が面白く、しばらくにやにやと有村を観察していたが、このままでは話が進まないと思い、バラしてしまうことにした。
「まあ、……実際、見当ついてるけど?」
「え」
少々可哀想にもなってきたし、──真面目に悩む少年を応援する気持ちは、多々ある。
「一年の笹渕くんだろ?」
そう言った時の有村の顔はそう、鳩が豆鉄砲ってこういうことかなあ、と、後から中山は思い出して笑った。
「…なんでバレてんの? 誰かに聞いた?」
「いやー…、えらい気に入ってんなあと見てて思ってたし。後輩ってはっきりしたしな」
実際のところ、有村の想い人については顧問教師で友人でもある長谷川に聞いたのだが、それを言ってしまうのは控えた。一応、聞く前にまさかとは思いつつ、感づいていたわけだし、と自分を納得させながら。
ひとしきり驚いて赤くなって青くなってから、有村は脱力したようにファミレスの机に突っ伏した。そのまま目だけ中山をじっと見上げてぼそぼそと言う。
「でもさーなかちゃんみたいなたまーにしか会わない人にまでバレてんのにさー」
「ん?」
「…当の本人はぜんっぜん気付いてないってのはどういうこと?」
じっとり、そんな風に見上げてくる有村と眼が合って、ああそうか、と合点がいった。そういうことか。
「…これ以上どうやったらいいのか、て悩み?」
「そう。……ていうかさー…」
今日のこと、なんだけどね。
むくり、と上体を起こした有村は「おかわりしてくる」とカップを鷲掴み、コーラを注いで戻ってきてから一気に話し始めた。
週明けすぐに終業式で夏休みに入ってしまうため、実質的には今日が最終の部活日だった。インターハイ出場者は休み中も練習する予定ではあるが、部活動、としては最終だ。
試合会場が遠いため、今回は出場しない部員たちは応援に行くことはできない。そのため、部活動の終了時刻に全員で道場外ミーティングのようなものをして、ささやかな激励を受けた。
「有村先輩!」
呼ばれて振り向くと、一年生女子が勢揃いしていた。「あの」とひとりの部員が前に出て、何かを差し出す。
「これ、一年女子からのお餞別です」
「え、嘘、俺に?」
驚きながら渡された小さな紙包みを開けると、中にはお守りが入っていた。「皆中稲荷神社」と書いてある。
「皆で、皆中稲荷に行ってきたんです。皆で、先輩が優勝できますようにってお願いしましたから!」
「当たるお守りなんです」
「三十三間堂の方がいいかなって言ってたんですけど、遠いし、インターハイが京都だし」
「有村先輩、頑張ってください!」
有村を囲むようにして口々に言う彼女たちに少々押されながらも、有村は自然に顔を綻ばせた。こんなことをしてくれた、好意が純粋に嬉しい。ありがとう、と笑顔で伝えていると、副部長女史の苦笑が視界に入った。
「モテることで」
「いやー、でも単純に嬉しいよ? あれ、でも女子部は…」
「ああ、うちらも貰ったよ。団体に一個だけどね。──ま、ちゃんと両方に用意して、良い子たちだよね。頑張んないと」
「そうだよなー」
「…で、声はかけれそう?」
彼女の声が一段小さくなった。それを聞きながら有村が苦笑して「まだ」と言い、彼女のため息を誘う。
「早くしないと手遅れになっちゃうよ?」
その日、有村は1年の、笹渕にこっそりと声をかける機会を伺っていた。実際、この日しかないと前から副部長女史にも言われており、自分でも決心していたわけだが。しかし、笹渕本人は一年男子仲間と談笑していて、なかなか声をかけ辛かった。
そのうちに時間も経ち、顧問の長谷川先生が「はい、そろそろ皆、帰って」と手を叩いた。一斉にのろのろと動き出す部員たちに焦りかけていると、「そうだ笹渕くん」と長谷川が声をかけて、笹渕が立ち止まった。ナイス長谷川先生!と心中で叫びながら、そして副部長女史に見守られながら、有村はゆっくりと笹渕に近付いた。
「──ぶっち」
「あ、…先輩」
振り向いてへらりと笑った、笹渕の手には部活日誌があった。長谷川に渡されたのたろう、どうやら当番だったらしい。
「今日の当番だったんだー。いいじゃん書く事いっぱいで」
「そうですねー。あ、先輩、インターハイ頑張ってください!」
「あーありがとー」
笹渕が日誌を書くために道場の端に座ったので、その横に座る。徐々に去っていく部員たちに手を振っているうち、いつしか二人きりになった。
「…先輩? 別に俺待ってるわけじゃないですよね?」
日誌を書く手を止めて、笹渕が不思議そうに顔を上げた。それをにっこり笑って覗いてやる。
「んー? ぶっち何書くのかなーって思って」
「やめてくださいよー!」
慌てて手で隠す、その行動が可愛いと思った。くつくつ笑って見下ろしている有村を気にしながら、笹渕は手早く日誌を書き上げていく。それを見ながら、ふと、手に持ったままだったお守りをかざしてみた。
「もう来週なんだよなあ。早いなー」
ぼそりと言うと、再び笹渕が顔を上げて、お守りを見た。「女子の念がこもってますよ」と言われて苦笑する。
「嬉しいことだよー。わざわざ買って来てくれたんだもん」
「先輩、モテますよね」
「そっかなー」
「そうですよ」
実際、有村にはモテてる自覚はあった。でもなあ、と思う。──でも、目の前のこの鈍感少年に気付かれないんじゃー何にもならないんだけどなあ。
ため息を押し殺し、有村はお守りを鞄にしまい込んだ。
「…でも、すごいですよね先輩。県の代表なんですもんね」
日誌を書き上げた笹渕とともに職員室に向かいながら、急に笹渕にぼそりと言われ、面食らったようなくすぐったい気持ちになって有村は笑って誤摩化した。
「ぶっちも頑張って上達しないと」
「えー、俺そこまでは無理です。憧れますけど、有村先輩はすごすぎます」
面と向かった真っすぐな賞賛がくすぐったい。だけど彼からそう言われて嬉しくないわけはなく、有村はひたすらにこにこしてしまう顔を懸命に抑えた。
職員室で、長谷川先生は不在だった。日誌を所定の場所に入れ、そのまま流れで、二人で駅まで帰ることになった。やはりインターハイの話題に終始する中、有村が「でもさー、インターハイ、男子は俺一人で遠出なんだよね」とぼそりと零した。
「ああ、…そうですね」
「京都は好きなんだけど、夜とかやっぱ寂しいかなあ…」
長谷川先生も同行するが、生徒は一人だけだ。そっか寂しいなあ、と単純に笹渕も思った。
「女子とは部屋違いますもんね」
「当たり前じゃん。ていうか、一緒なんてぜってー嫌だし」
絶対うるせーよあいつら。そう言うと、笹渕も笑った。その笑顔を前に、よし、と有村はこっそりひと呼吸する。
「…ねえ、ぶっち。携帯教えてくんない?」
「え…?」
「京都からさ、メールさせてよ。…寂しいだろうから」
せめて携帯番号を聞かないと。これがこの日の目標だった。
部活引退する前に聞いておきなさいよ。副部長女史にも散々言われていたし、自分でもそれは必須だと思っていた。だから今日しかない、そして何とか聞けた、──と思ったのだが。
「…すみません」
笹渕は申し訳なさそうに、ばつが悪そうに視線を泳がせた。
「俺、携帯、持ってないんです──」
「今どき高校生なのに! 携帯持ってないなんて…!」
傷心の有村はショック状態のまま、駅で笹渕と別れてから中山の店まで愚痴りに来たというわけだった。これからどうやって連絡したらいいのー!と机に突っ伏してしまう。
一部始終を聞いた中山は、有村には悪いと思いつつ大ウケして笑ってしまった。なるほど確かに、手強い。
「笑ってないで! どうしたらいいの俺!」
「悪い悪い。しかしまあ…手強いねえ」
もう、ストレートに言うしかないんじゃないか。
行き着くところはシンプルな方法しかないわけだ。そう思って言うと、有村は「他の奴にも言われたけど、俺それが一番苦手なんだって!」とまた机に突っ伏してしまった。例の女子部員か、と思ったがそれは黙っておく。
「でも他にないじゃん、もう。まずは携帯聞いて、て方法が取れないんなら」
「なんで携帯くらい持ってないのー!」
「それ言っても仕方ないから」
ぐだぐだと言いながら机と仲良くし続けている有村を、内心かなり面白がりながら、中山は新しい煙草に火をつけた。
「インターハイの夜の楽しみがなくなっちゃった…」
「お前、それで試合ぼろぼろだったらかっこ悪すぎるぞ」
「分かってるよ!」
「オーダーの羽根でかっこ悪いスコア出すなよ」
「分かってるよ!!」
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間を空けすぎてすいません! なんちゃって学園弓道パラレル年少、第十二弾「携帯編」でした。
いや「携帯が通じない」編とでも言うか(笑)。(次は試合編、とか言ってた気がするけどすいません)
絶対この話のぶっちは携帯持ってないよな〜と思って。あと、中山さんを久々に出したかったのでした。
しかしこれからどうやって進展するんだいこの二人。
現実を丸無視したパラレルですが、楽しんで頂けましたら幸いです。