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年少・なんちゃって学園弓道部パラレル/雨降り編


(年少・なんちゃって学園パラレル)
土砂降りの青春(仮) 第18回
〜降り出したのは、雨〜


 蒸し暑い日が続いていた。その日、笹渕のクラスは午後イチの体育の授業をグラウンドで受けていたが、終了近くに遂にぽつぽつと雨が降り始め、早めに授業が繰り上げられた。
 そして、体育館横の更衣室で制服に着替えてクラスメイトと外に出たところ。
「うわ、マジ?」
「有り得ねー…」
 ほんの数分、着替えていた間に外は豪雨になっていた。あまりの勢いに気圧されつつ、屋根のない更衣室の入口から渡り廊下までわーわー騒ぎながら走った、その数秒でもかなり濡れるほどの豪雨だった。
「俺、傘持って来てねーよ」
「俺も。部活終わるまでに止むかなー」
 そんなことを話して雨を眺めている間に、授業終了のチャイムが鳴った。次の授業なんだっけ、確か古典、などと確認しながら校舎に戻っていると、正面からすごい勢いで走って来る人物が、いた。
「──ああ!」
 その姿を確認するかしないかのうちに、一言叫んだ彼は、まっすぐに笹渕に向かって来た。声に驚いて彼を見て、笹渕は再度驚く。副部長の有村だった。
「ぶっち! ちょうどいいところに!」
 有村はそう叫ぶと笹渕に駆け寄り、がしっと腕を掴んで「手伝え!」と引っ張った。何がなんだか分からず、促されるまま笹渕は有村に拉致されていき、呆然としたクラスメイトが残った。
「ちょ、先輩、どこ行くんすか!」
「道場! 弓がやばい!」
「え?」
「うちの道場、先週雨漏りしたの!」
「えー! え、ちょっと先輩、傘は!」
「走れー!」
「ええー!?」
 画して一目散に弓道場に走っていく有村に続き、土砂降りの中、体育館の向こうの弓道場まで走る羽目になった。

「あー来た! あれ、笹渕くんじゃん!」
「──先輩、」
 弓道場前には女子の副部長が待っていた。有村が鍵を取りに行く役目だったらしい。入口を開けると、二人は猛ダッシュで端の弓置き場に走って行った。
「…わー!」
 中に入って、予想以上の光景に笹渕は固まってしまう。天井から、というより壁と屋根の隙間から、ぼたぼたと雨が降り込んでいた。成る程、弓置き場は直撃だ。
「うわー俺の直心!」
「自分のだけ贔屓すんな! とりあえず、中央に非難させるから!」
「はい!」
 先輩女史の指示で弓を立ててある壁から離し、中央に積んでおく。投げ捨てるわけにはいかないから、何本か抱えて下ろし、という作業を繰り返した。有村は、矢筒の集団をごっそり移動させていた。
「…とりあえず、応急処置はできた?」
「見た目にアレだけどね」
 濡れないのが重要でしょ、とため息をついて、女子副部長は弓についてしまった水滴を拭っていった。笹渕も手伝っていると、有村は何やら紙を持って来た。
「とりあえず、これ貼っておく」
 ノートを破いたそれには「雨漏り避難中 by有村」と大きく書かれていて、思わず二人で笑った。
「確かにこう書いておけば誰も文句ないよねー」
「俺より先に来た人がびっくりするだろ、書いておかないと」
「ていうかさ、マジで雨漏り直してもらわないとやばいよ、これ」
「そうだなー…」
 二人でうーむ、となった先輩たちを前に、色々と疑問がありつつ所在なげにしていた笹渕だったが、そういえば、とその姿を女子副部長が目に留めた。
「なんで笹渕くん連れてきたの?」
「あ、廊下で偶然会ったから拉致してきた」
「えー? ごめんね笹渕くん、運が悪かったよねー」
「あ、いえ別にいいですけど…」
「あ、それより笹渕くん次の授業は?」
 そう言われてはっと気付く。その瞬間、絶好のタイミングで予鈴が鳴った。
「やば…」
「何の授業?先生は?」
 間に合うのだろうか、そう焦った笹渕に、有村がのんびり聞く。
「古典の、○○先生です」
 若干焦りつつ答えると、有村はに、と笑った。
「○○先生かあ、大丈夫、俺が一緒に行って拉致してましたーって謝っておくよ」
「え、そんな、その、」
「大丈夫大丈夫、去年の担任だからさー」
 にこにことでも強引にそう言う有村に押されて、なんとなくそうしてもらう流れになってしまった。有村の強引さの理由が笹渕にはよく分からなかった──そしてその有村の姿を先輩女史が生温い笑顔で見ている、その意味も。
「あ、でも先輩たちは?」
「あーそれも大丈夫」
 有村はあくまで笑顔だ。
「俺ら次、長谷川せんせーだから。てことで、先生に言っといて。有村は更に後輩送ってますーって」
「…はいはい。寄り道しないで来てよね」
 その時に笹渕が見た先輩女史は、微妙な苦笑いだった。


「──先週さ、すごい雨が降った時あんじゃん? 部活休止日だったんだけど、俺とあいつと個人練習してて、そしたら雨漏りしたんだよね」
 笹渕のクラスに向かいながら、有村はそもそもの経緯を話してくれた。そもそも、何故あの二人が雨漏りに気付いて走ったの、か。
 はっきり言って、彼らの弓道場はとんでもなくボロい。確実に産まれる前に建てられたものだし、床板も剥がれかけたりしている。進学校であまり部活に熱心ではないため、たいしたメンテナンスもされてこなかったのだろう。ただ、今回にはさすがにまずいし動いてくれるんじゃないか、と、一応長谷川先生には言っておいたらしい。
「でもそしたらこんなにすぐまた豪雨だからさ、やべえ!て思って、そしたら休み時間になったとたんにあいつが『有村!』て言ってきて」
 俺も同じこと考えてたから、テレパシーみたいに何も言わずに走り出した、今考えると笑える、と有村は笑った。
「熟年夫婦みたいですね」
「うわ、だからやめてよそういうの!」
 笹渕としては単純にすごいと思い、感想を言っただけだったが、有村は露骨に嫌そうな顔をする。付き合ってないから!と否定された時のことも思い出し、それって彼女に対して失礼でもあるのでは…とか考えていると、「ほんとにさあ」と有村が続けた。
「はい?」
「ぶっちって…鈍いよね」
「…はい?」
「まさかまだ、あいつと俺が付き合ってるって思ってる?」
「いえそれは、思ってませんけれど」
「良かった。…でも、」
 鈍いよねー。
 ため息混じりに言われて困惑する。何のことだか、笹渕にはさっぱり見当がつかなかった。これが鈍いってこと?と思い、ますます分からなくなる。
「…えっと、」
 何をどう言っていいのか分からず、口をもごもごさせて隣の有村を伺いながら、笹渕は必死で思考を巡らせた。授業が始まって誰もいない階段で、急に先輩と歩いていることが場違いに思えて来た。しかも有村は呆れたようにため息をついていて、それで。
 ──それで。
「…えっと、その、俺なにか、悪いことした、とか…」

 笹渕としては考えられる精一杯のことを考えて自然に出た言葉だった。
 だが、それを聞いた有村は一瞬あっけにとられたように目を見開き、次の瞬間、何とも言えないような感じで──破顔した。

「…ほんっと、ぶっちって、さあ…」
「え、あ、えっと」
 有村の反応の意味が分からずに戸惑う笹渕の頭を、笑顔のまま有村がくしゃりと撫でた。そのままぐい、と引き寄せられて、身体ごと腕の中に収められた。
「え」
 横から抱き寄せられている、そのことに気付くより早く、髪に頭一つ分高い有村の顔が埋められて、全ての出来事に思考がついていけなくて笹渕は立ち尽くした。その髪に顔を埋めたまま、有村の声が直接頭に響いた。
「ほんっと、可愛いよねえ。…大好き」

 僅かの抱擁の後、静かに身体を解放した有村は笑顔のまま、何事もなかったかのように階段を上るのを再開した。そして付け足すように「大丈夫、ぶっちは悪くないからと、笑った。またはぐらかされた、と思ったが、有村に翻弄されることには笹渕は既に慣れて来てしまっていて、特に深く考えることなく、彼の後に続いた。
 よく分からないけれど、自分が悪いことをしたわけじゃないのなら、──そして有村に悪く思われていないというのなら、問題ないよな、と。



 授業の始まってしまっている笹渕の教室のドアを開けると、一斉に視線が集中したが、有村はそれをものともせず「先生遅れてすいませんー、僕が頼んで笹渕くん手伝わせてたんですー」と教師に向けて笑顔で言った。
「…びっくりした、有村くんが来るから」
 古典の先生は状況を察したようで、有村と笹渕を交互に見遣った。笹渕は会釈をしながら小さく「すいません」と言い、有村にも一礼してそそくさと席に戻った。
「だったら笹渕くんも弓道部?」
「そうです。うちの道場、雨漏りするんで道具を非難させてたんですよ。ボロいの何とかしてくださいよー」
「それは顧問の先生に頼みなさい。それに、あなたも授業に戻りなさいね」
「はーい。なんで笹渕くんは怒らないであげて下さいねー」
 有村はマイペースに教師とのやり取りを終えると、生徒たちに「お邪魔しました」と頭を下げた。そして笹渕と、入って来た時から凝視していたもう一人の弓道部員(女子)にも忘れず手を振って、ドアを閉めた。ふ、と教室に走っていた妙な緊張感が解ける。
「──笹渕くん」
「あ、はい、すいませんでした!」
 先生に呼ばれ、笹渕は弾かれたように謝った。だが先生は困ったように笑って言った。
「有村くんは去年担任だったから、何となく分かるけど…連れて行かれたの?」
「はい、廊下で会ったんで」
「そう」
 一瞬、何事か逡巡する素振りを見せた先生は、だがすぐに苦笑いに戻した。仕方ない、そんな感じに。
「今回はまあ、仕方ないけど、次はちゃんと間に合うようにしなさいって、有村くんにも言っておきなさい」
「…はい」
 そのまま特に叱られることもなく授業が再開されて、笹渕はやっと安堵して、慌てて古典の教科書を出した。
 宣言通り、有村は遅刻の口添えをしてくれたわけだった。罰として次の問題を当てられ、授業終了直後には部員の女子から「ちょっとーなんで有村先輩がー!」と噛み付かれたのだけれど。


 そしてその何分か後、有村が戻った三年の教室で、回されてきたメモ用紙を見て吹き出しそうになった副部長女史の姿があった。
「──『大好きって言ってみたけどやっぱり通じなかった』て、有村…てか絶対遠回しに言ったんだろーよ…」
 あの子はそんなんじゃ無理だって。何回言ったら分かるんだ、ていうか勇気出しやがれ。
 いい加減うざい、と可哀想な有村の後ろ姿を見遣り、彼女はため息をついた。



(まだ続きます)

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お久しぶりななんちゃって学園弓道パラレル年少、第10弾「雨降り編」でした。
雨漏りシーンは99%実話です。クラスメイトの部長と雨の中走って弓を非難させたなあ。ボロかった。
あまりに進展しないので、告白まがいなシーンを入れてみたけれどやっぱり進展のない二人でした。

現実を丸無視したパラレルですが、楽しんで頂けましたら幸いです。