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年少・なんちゃって学園弓道部パラレル/青あざ編


第9回 青春は心の痣(仮)
〜それで出来た青痣は綺麗だから見せたいな〜


「うわ、ぶっち何それ!」
「へ?」
 休み時間の教室移動中、隣を歩くクラスメイトにいきなり腕を掴まれ、笹渕は持っていた教科書を落としそうになった。掴んだ方はそれに気付かず、笹渕の左腕を凝視している。視線を落とし、合点がいった。
「あー、これ」
「すげーことになってんじゃん。何したの?」
「いて、触るなって!」
 制服の半袖シャツから出た笹渕の左腕内側は、肘から先にかけて内出血の黒い点が広がっていた。日焼けをしない部分だけに、白い肌に目立っていて、見るからに痛そうだ。現に、触れると痛い。
「これ、あれだよ、部活で打ったのー」
「え、弓道? なんで?」
「弓が当たるんだよ。俺まだ下手だからさー」
「えー、皆そうなの?」
「けっこうそうだよ。なんない奴もいるけど、たいてい一回は当てて痛え〜って言ってる」
「へー、そうなんだ。けっこう身体張った部活なんだねー」
「おうよ、武道だからな」
 次の時間は美術だった。あまり得意でない笹渕は、適当にクロッキー帳に鉛筆を走らせて見本の彫刻を描く。最低限の形しか模写ができず、いつも「書き込みが足りない」という評価だ。
 そのうち、笹渕と同じく飽きてきたのだろう、隣のクラスメイトが話しかけてきて、ぼそぼそと他愛のない話をしながらすっかり描くのを諦めた。
「──でもさ、よく続けてるよな。けっこう弓道部に入った奴多かったのに、うちのクラスで続けてんのって男子じゃお前だけじゃん」
 話題はまた笹渕の部活の話に戻った。馴染みのない競技だけに、皆、興味はあるらしい。話題に出されることは多かった。
「あーそうだなあ。皆、辞めちゃったもんなあ」
「けっこうキツいんだ?」
「キツいっていうか…最初はさ、基礎練習ばっかでつまんないんだよ。弓が引けるようになったのって最近だもん」
「え、そうなんだ。それでその腕?」
「そ。多分、うちのクラスの女子も腕こうなってるよ」
「えー、マジ? お前だけなんじゃないのー?」
 暗に下手なんだろうという意味を込め、からかうように笑うクラスメイトに、少々むっとする。
「そんなことねーよ、だって」
 だって。
「────うちの一番上手い先輩だって、最初はぶつけてひどかったって言ってるし!」
 そう言って笑った、有村の顔を思い出して、少し語尾が強くなった。


 放課後、当番に当たった掃除を済ませて道場へ向かおうと教室を出た時、同じクラスの女子部員と一緒になった。道場に向かいながら、腕を見せて聞いてみる。
「俺、こんなんなっちゃってんだけど、平気?」
 笹渕の腕を見た彼女は、うわ、と眉をしかめ、「でもあたしも」と左腕を掲げた。笹渕ほどではなかったが、少し内出血ぽい痕がある。
「あーやっぱり、皆そうなるよなあ」
「いったいよねー! あとさ、親指の付け根の皮がむけちゃってー」
 ほら、と出された手には絆創膏が貼られていた。それを見て笹渕も頷く。
「俺も、皮むけた」
 皮が剥け、出血を繰り返した左手は堅くなりつつある。弓を握る部分は力が入り、擦れるため、1年生は皆傷めていた。矢が擦れて出血する者もいた。
「けっこう身体使うし怪我が絶えないよね、弓道部って」
「だよねー、立ってるだけ、みたいに思われるけどさ。筋肉もつくし」
「そうそう。…あ、有村先輩!」
 玄関で靴に履き替えながら急に彼女が叫んで、内心どきりとしながら指された方を見る。鞄を肩に担いだ有村が、玄関の外を歩いていくのが見えた。前から来た同級生らしき女子生徒に、すれ違いながら柔らかい笑顔を向けている。
「やっぱさー、かっこいいよね有村先輩」
 隣の彼女が、しみじみ、といった感じで有村に見惚れていた。
「普段の制服でもかっこいいんだもん、道着着て弓引いてる時なんて、ほんとずるい位かっこいい」
 ぶつぶつと繰り返す彼女に、思わず笹渕は笑った。
「お前も有村先輩目当てで入部したの? そういう女子、多いって話だけど」
「えー? 違うよ、だって入部するまでどんな先輩がいるかなんて知らなかったもん。単純に、弓道ってかっこいいなーって思ってたけど」
 でも、入部してから、なんてかっこいい先輩がいるんだ!ってびっくりした。
 そう素直に言う彼女に頷いた。確かに、入部初日の見学会から、有村は誰よりも目を引いていた。厳ついタイプの部長よりも、すらりと長身で整った顔立ちの副部長に、新入部員たちが───特に女子が───目を奪われていたのは無理もなかった。実際、弓道の実力も有村が部内一で、部長ではないのが不思議だったが、それは性格的なものだろう、ということは朧げに分かってきている。
 そんな話をしながら彼女と別れ、着替えるため男子部室に入ろうとしてノックをして、返ってきた声にどきりとした。「どうぞー」というのんびりした声。有村だ。
「───失礼します」
 そっとドアを開くと、上半身だけ道着に着替えた有村が振り向いて「ぶっちかあ」と笑った。もう他の部員は着替えてしまったらしく、部室には有村しかいない。ぺこり、と頭を下げて、自分のロッカーに荷物を入れる。弓道部はあまり人数がおらず、各学年せいぜい6、7人で、そのせいか部室は狭く学年関係無しに着替えやロッカーが設置されていた。
「遅くない? 掃除当番?」
「そうです」
 そっか〜、とまたのんびりした声で応えながら、有村がズボンを脱いだので、なんとなく気恥ずかしくて目を逸らした。先輩の着替えを凝視するのも気まずい。それに自分も早く準備しなくては、と着替えを始める。最初は手間取っていた道着も袴も、随分と短時間で着られるようになった。
「ぶっち」
 一通り着たところで、急に有村に声をかけられて大袈裟に肩が跳ねた。振り向くと、これまたすっかり着替えた有村がすぐ横に立っていた。
「は、はい」
「ふふ、そんなびっくりしなくても」
 にい、と可笑しそうに笑った有村の手が伸びた。惚けて見ている笹渕の、左腕を掴む。そっと持ち上げられて、内出血だらけの肘の裏を晒された。
「あ…」
「随分打っちゃったね」
 着替えてる時見えたから。そう言われて頬が熱くなるのを感じた。見られていたことか、今腕を掴まれていることか、それの原因は分からないけれど。
 とりあえず恥ずかしくて俯いていると、内出血の箇所に指が這うのを感じた。視線を向けると、有村がもう一方の手でそこをなぞっている。驚いて、でもどう言っていいか分からずにただその光景を見つめていた。
「俺もねえ」
「……」
「こんくらい、最初はひどかったよ。シャブ中みたいって言われたくらい」
 当時を思い出したのか、くすくすと笑いながらなぞる、その伏し目がちな有村の顔が綺麗でどきりとした。思えば至近距離に顔があるのだ。今更うろたえながら、笹渕にはどうしようもなかった。そんな笹渕を余所に、有村の手が腕を包み込むように止まる。
「痛いよねえ?」
「……はい」
 戸惑いながら小さく答えた、直後に鈍い痛みが走った。腕を包んだ有村の手に、力が込められたのだ。
「いった…!」
 痛いです、先輩!
 呻くようにやっと言うと、ぱっと有村の手が離れ、そのまま優しく撫でられた。思わず涙目になった笹渕を覗き込んで、ごめんね、とちょっとばつが悪そうな顔で言われた。
「ごめん、なんか、痛そうだなーって思ったら意地悪しちゃった」
「…酷いですよ」
「ごめんってば」
 謝りながらも腕を撫でられ、笹渕は息を吐いた。よく分からないけれど、痛かったものの怒りはなかった。混乱はしたけれど。
「も、いいですから。…練習行きましょう」
「うん。ごめんねえ、ほんと」
 もうひと撫で、といった感じに左腕を撫でて、有村はやっと手を離した。その手はそのまま上に上がり、くしゃりと髪を掴まれる。刹那、めまいのような既視感に襲われて頭が真っ白になった。そう、前にもこうやって、駅で。
「…ぶっちは、かわいいね」
 なんか、ちょっかい出したくなる。


 さ、練習行くよー。などとのんびりした声のまま急かされて、笹渕は赤い顔のまま部室を出た。飄々と前を歩く有村の後ろ姿を少々恨めしく見ながら、道場に向かう。触られた腕が、髪が、囁かれた耳が、熱い。
 掃除当番で遅れました、と練習に合流し、自分の弓を持って一年生の群れの中に入る。一足先に道場に入った有村を見た女子部員が「有村先輩、今日来ないかと思っちゃったあ」と騒ぐのが聴こえて、また思い出してしまう出来事を振り払うように首を振った。
 からかわれた、という意識はあるが、彼の意図がいまいち分からない。ただ、分かるのは。
「有村先輩って、ほんとモテるんだろうなあ…」
「あ? 何を今更?」
 横で順番待ちをしていた同学年の男子部員が、不思議そうに見た。いつも女子がきゃーきゃー騒いでんじゃん、顔いいし上手いし当たり前じゃん、という言葉に、そうじゃなくてさ、と言いたくて言えなかった。



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なんちゃって学園弓道パラレル年少、第二弾「青あざ編」でございました。ああ楽しかった。
ていうか有村先輩が高校生に見えない。こんなタラシの高校生、嫌だ(笑)