※注意
がっつりと、バンド時代の話です。現実の時間軸はシンクロしてません。
あくまで「ぶっち在籍時」の話です。それをご了承ください。




ネバー・ネバーランド 01




そばにいて。───たとえ、誓えなくても。






「お前、ぶちおを殺す気かよ?」

 喫煙所でそう言った明の目はあまりに真っすぐで、竜太朗はとっさに何の反応もできなかった。
「……な、に、」
 何言ってんの、なかちゃん。そう言おうとして、へらりといつものように笑って言おうとして、でも言えなかったのは、明があまりにも直球だったことと、そして紛れもなく、自覚があったからだ。
 引っかかるような声を出し、ゆっくりと視線を逸らして煙草を銜え直した竜太朗に、明は息を吐く。
「分かってんだろーが。わざわざ俺が言わなくても、…だから黙ってようかと思ってたけど、いい加減、苛々するっていうか──実際、不安、もあるし」
 あらぬ方向を見ている竜太朗の、前髪に隠された目を横から見ながら、思っていたことを直接的に告げる。何度も迷い、考えた末の行動だった。直接はっきりと言った方がいいだろう、彼に―――彼ら、には。
 暫しの沈黙があった。銜えたままだった煙草を離し、紫煙を吐き出しながら灰皿に押し付けた竜太朗は、そのまま視線を落としたままでぼそりと言った。
「…ぶっちには、言ったの?」
 お前はどういうつもりなんだ、って。
 その言葉を聞き、明は少し顔を顰める。ひどい既視感だ。こいつらは、どうしてこうも────。
「言ったよ、昨日。飲みに行った時に」
 分かってんのか? 少し、声を荒げてしまった自分に、啓史は少し気圧されたように、困ったように、泣き笑いのような顔で。
「…お前と同じ顔、して、同じことを言った」

 ───ねえ、そんなこと、竜太朗にも言ったの? 駄目だよ、言ったら。…言っても、何も変わらないとも、思うけど。
 俺も…、うん、ごめんね。なかちゃんの言いたいこと、分かってるつもり。でもね、どうしようもないんだ、…ごめん、ほんとに。

「あいつ、どうしようもないからごめんって、謝って、…謝るだけだった」
 そう。呟いた竜太朗の視線は落ちたままだ。それを見て、明は盛大にため息をつく。
「お前ら、ていうか、お前、いい加減にしろよ。そこまでバカでもガキでもないはずだろ」
 手がかかる、子供みたいな奴だとは知っている。それでも10年以上一緒にいられただけの分別はついている、そういう男だとも知っている。だからこそ明は苛立っていた。啓史にしてもそうだ、やんちゃな弟分だと思っているが、その実ひどく真面目で、配慮ができるちゃんとした大人だ。
 なのに、何故。

「──ごめんね、なかちゃん」
 やっと顔を上げて明を見た、竜太朗のその表情は、やっぱり同じ泣き笑いだった。
「けど、ほんと、信じられないかもしれないけど、俺、ぶっちがほんと大事なんだよ。…ほんと、に」
「…分かってるよ、んなこと」
「大事、に、したいと、…思ってるんだよ」
「…竜太朗」
 懺悔のような、彼の声が痛い。自分が始めた話題だったけれど、それ以上聞くのが怖い気がして、でも聞かなければいけない気がして、戸惑いながら意味もなく竜太朗の名を呼んだ。それに、竜太朗は更に顔を歪めて。
「なんで俺は、大事にするのとか、伝えるのとか、下手なんだろう、ね…」

 

 上手に伝えることが、できないんだ。
 たとえ、どんなに近くても。




* * * * * * * * * * * * * * * * *







 最初はいつだったか、2人きりの仕事の時だった。何年も前のことでもなく、でもここ数ヶ月のことでもない。それくらいの、前の話だ。
 仕事が終わり解散になり、その場所からは帰る方向が同じだった竜太朗と啓史は、そのままの流れで2人で軽く食事がてら飲みに行った。その日の竜太朗は何だかいつもより浮き足立っていて、いつもより不安定ともいえた。啓史と一緒なのが楽しくないわけではなかったし、仕事もスムーズに終わった、だけれどどこか不安定なことは自覚していて、でも原因が分からずにいた。
「竜太朗はさ」
 そんな様子を気付いているのかいないのか、まったく普段通りに酒を飲んでいた啓史は普通に酔っ払いで、にこにこと他愛のない話をしていたが、ふと気付いたように竜太朗を見遣った。
「ん、なに」
「出してないつもりかもしんないけど、すぐ顔に出るよね」
 自然に呼ばれたから至極自然に聞き返して、でも啓史の次の言葉に思わず固まった。不意打ちだ。言った本人はふにゃりとした笑顔で、そこに揶揄する色は見えず、竜太朗は返事に詰まってしまった。
「…なにが?」
 我ながら苦しい答えだ、と思いつつぽつりと言うと、「だってさ」と啓史は口を尖らせた。
「今日、なんか飛んでるよ。頭が」
「なにそれ」
「なんか…魂が完全じゃない」
 今度こそ竜太朗は固まった。なんて的確に言いやがるんだ、この男は。自覚したくないことをさせやがって。
 黙ってしまった竜太朗をちらりと見遣り、ビールを一口飲んだ啓史は「当たりっしょ」と無邪気に笑った。それがあまりに屈託がなかったものだから、一気に毒気を抜かれてしまう。照れくささもすべて通り越して、竜太朗は笑った。
「そうかも。なんか、…すごいねぶっち」
「へえ? あなたにすごいと言われることはないと思うけど?」
「いや、だって直球だったもん」
「そう? 思った通り言っただけだよお」
 へらりと笑う、啓史の言葉に裏がないのは充分見てとれた。それに笑い返しながら、また浮き足立っている自分を自覚する。まったく、言い得て妙だ。
 こころが、少し、足りない。

 ……だから、とも、だからというわけでもないけれど、とも、────今でも、よく分からない。
 だけど、ただ一つ確かな事は、それがきっかけだったということだけ。
 そして。

「ねえ、……足りないんだ、きっと」

 酔い覚ましに、と、飲み屋から近かった自分の家に啓史を誘った。何の迷いもなく家に上がり、ソファに座った啓史がミネラルを飲むのに、ゆっくり、近付いて。
「…たろ?」
 酔いの残った目がきょとんと見上げる、その顔に近付いて言って、そのまま押し倒した。驚いて抗議の声を上げる彼を渾身の力で押さえ付けて、そう、実は彼に比べて、全然飲んでいなかったのかもしれない。…だから逆に、酒のせいではなくて。

 

 足りないこころを、埋めるかのように、…誤摩化すかのように、ただ一方的にその細い身体を押さえ付けて蹂躙した。
 辞めろ離せ、何考えてんだ、狂ってる、そう彼は叫んで泣いた。泣き叫んで、暴れて、そのうち諦めたのか抵抗を弱めて、それでもぼろぼろと泣いていた。無理矢理に酷い事をされたのが悔しいのか、それとも別の感情か、顔を背けたままで泣いていた。
 あまりに泣くから、吸い寄せられるようにその目元に口づけて、涙を舐めた。彼はびくりとして、でも最早それ以上の抵抗はしなかった。最初は押し返そうともがいていた手は、ただ、竜太朗の肩や腕を掴むだけで。
 …どうして。
 嵐のような行為を終える頃、呟くような彼の問いに、答えず、答えられず、竜太朗もまた泣いていた。泣きながら、逃げるように浴室に行って激しくシャワーを浴びた。泣きながら、───それこそ、排水溝に総てを流すように。

 短い時間ではなかったと思う。だけど、部屋に戻ると、啓史は変わらない格好で踞っていた。そして、入口で立ち尽くす竜太朗をちらりと見遣り、「俺もシャワー貸して」と言った。
 啓史が傷めた身体で這うように浴室に向かうのを、手を貸すこともできずに見送り、シャワーの音が聞こえてから適当な着替えとタオルを脱衣場に置いて、自分が散らかした部屋を片付けた。くしゃくしゃになったパーカーが、やけにリアルだった。そしてベッドに腰掛けて、彼が出て来るのをじっと待った。どう声をかけるべきか、考えようとしても考えられず、ただ、待った。
 20分ほどか、洗っただけ、のような風で出て来た啓史は、竜太朗の用意した部屋着を着ていた。ゆっくりと、覚束ない足取りで部屋に入り、ベッドに───竜太朗に近付き、見下ろす姿勢で止まった。視線が絡む。

「……とりあえず、寝かせて」

 …もうしんどい。眠い。
 その言葉に何も言えず、ただ身体をどかすと、啓史はもぞもぞとベッドに入り、そのまま向こうを向いてしまった。その姿が、───謝罪も弁解も他のどんな言葉も、拒絶しているように感じた。
 竜太朗は何も言えず、しばらくその後ろ姿を見て、自分も寝るべく毛布を出した。自分の家であっても、さすがに、この状況で一緒のベッドに入ることはできなかった。客用の簡易ベッドであるソファで寝ることにした。
 移動する前に、もう一度振り向いてみた。啓史の姿勢は変わっていない。寝てしまったのだろうか、動けないのだろうか。その姿を見て、小さく、蚊の鳴くような声で小さく、「ぶっち」と呟いた。
「…どうしてだろう、ね」
 きみが、たいせつ、なんだよ。

 自分がちゃんと口に出して言ったのか、彼が起きていたのか、聞こえたのか、もう分からない。
 それが、最初だった。




2009.05.05




えーとえーと…すいません。
時期も状況も最悪なタイミングでこんなん書いてどうすんだって感じですけれど! なのでとりあえず謝りますすいません。
でもこれ最初に考えたのずっと前で、私の年少の、というか私の書くもの全部のコアテーマみたいなんを盛り込んだやつでして…
それこそピエロの方の「レーゼンデートル」に匹敵するような感じで考えていたので、全部書き上げてからアップしようかとも思ったのですが(レーゼン〜はそうしました)そんなことやってたらいつになるか分からんので無理矢理途中でアップしました。ぶちおショック前に途中までは書いていたのです。
読まれたら分かると思いますが、テーマは「イロゴト」です。「誓えなくてもそばにいて」という、あのテーマをちゃんと書いてみたかったのです。
なので、苦しい話にはなると思います。それでも、よろしい方は、どうぞしばらくお付き合いいただけると幸いです。

…それでも、読んでくださって、ありがとうございました。