※注意
がっつりと、バンド時代の話です。現実の時間軸はシンクロしてません。
あくまで「ぶっち在籍時」の話です。それをご了承ください。




ネバー・ネバーランド 02




甘い、悪い夢の途中。
───ねえ、ここは世界中で、ふたりだけなの。




 真夜中に水音で目が覚める。ぺたぺたと、裸足の足音が近付いてきた。
「…起こした?」
 竜太朗が目を開けたのに気付いたのだろう、そっと啓史の声が降って来た。ん、と曖昧に声を出すと、「やっぱり俺そっちで寝る」と控えめに言われた。
「太朗ん家だから、太朗がベッド使いなって」
「いや、いいって」
「寝れないんしょ」
 だから。ソファで横たわる竜太朗を見下ろして、啓史が再度促す。真っすぐな目で見下ろされ、知らず苦笑しながら竜太朗は目を閉じた。
「平気。ちょっと起きちゃっただけだから。──ぶっちこそ、ちゃんとベッドで寝てよ」
 言外に込めた意味を察したのか、ぼそりと「分かった」と声がした。足音が遠ざかる。ベッドでゆっくり眠るべきなのは彼だ。自分が無理をさせているのだから。
 もう何度、このやり取りをしたか分からない。…何度、彼がここに泊まったのか、も。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * *

 

 嵐のように彼を組み伏せた後も、表面上の関係は変わらなかった。翌日、啓史は何事もなかったかのように接してきたし、竜太朗もいつも通りに振る舞った。そのまま話題にすることもなく別れて、しばらくは忘れたかのように、穏やかな日々が続いた。
 竜太朗が平穏を破ったのは、地方ライブの夜だった。心地よい疲労感で皆で飲みに行き、ホテルに帰り、割り当てられた部屋の前に来て鍵を開けた時、「おやすみー」という啓史の声が後ろを通って、次の瞬間に振り向いて彼の腕を掴んでいた。
「…わっ?」
 いきなり腕を掴まれた啓史が、驚いて振り返る。何かを続けようとしたその口は、竜太朗の顔を見て、言葉を発する前に止まった。息を呑む気配が、した。

「ぶっち、…足りないんだ、けど」
 あの夜と同じ言葉で、同じ顔で、竜太朗が誘う。息を呑んだ啓史と視線が絡み、───それは一瞬だったか長い時間だったか、低い温度で絡み、逸らされて。
 開いたドアの中に無言で啓史が入って、竜太朗が続いた。

 ───先にシャワー浴びて来てよ。
 横柄なようなその言葉に、啓史は一瞬戸惑ったような素振りをして、それでも無言でバスルームに消えた。シャワーの音を聞きながら、煙草を銜えて思案した。自分は何をどうしたいのだろう、と。──彼を、どうしたいのだろう、と。
 結論を出せないまま、啓史がバスルームから戻ってきた。着ていたTシャツとジーンズをそのまままた身につけている。入口で一旦立ち止まった彼を見ながら、ベッドに座って微笑んだ。
「…おいで」
 啓史はゆっくりと近付いてきて、竜太朗の前で止まった。その手を引くと、抵抗なく彼の身体はベッドに沈んだ。覆いかぶさって首筋に顔を埋めて、Tシャツの裾から手を入れる。
「…たろ、シャワーは」
「俺は後でいーの。待てない」
 そのままジーンズにも手をかけると、ふっと笑う気配がして、ぼそりと「最低だな、あんた」と言われた。だけど抵抗はされなかった。電気消してよ、という言葉も無視したら、さすがに身をよじって枕元のスイッチを切られた。その手を押さえて、間接照明だけをつけ直す。

「ちょっとは見せてよ。…足りないんだから、さ」

 そう言うと、もう啓史は抵抗しなかった。その顔を両手で挟んで、ゆっくりと口づけを落とした。…そういえば、キスは初めてかな、そう思いながら。

 口づけは優しかったけれど、続く行為はやっぱり嵐のようだった。
 呼吸を整えた後、痛む身体を起こした啓史はのろのろと服を着て、立ち上がった。
「…部屋、戻る」
 それをぼんやり見上げていた竜太朗は、告げられた言葉に少し目を見開き、「そっか」とだけ言った。お互い、すっかりアルコールは抜けていた。そのまま出て行った啓史を見送り、バスルームに向かった竜太朗は、シャワーを浴びながらまた少し、泣いた。

 

 その翌日は東京に戻るだけだったが、集合時間に珍しく遅刻した啓史は明らかに体調を崩していた。明が心配そうに新幹線の奥の座席に彼を押し込んで、隣に座って何か言いながら、ちらりと前方の竜太朗を見た。何かを知っていそうな明に、でも反応できずそのまま自分の席に座る。すると隣の正も、竜太朗を見ていた。目が合う。
「…竜ちゃん」
「ん、なに」
 正の目はいつも通り穏やかだったけれど、だけどどこか逸らせない力があった。その目のまま、ゆっくりと問われる。
「昨日、ぶっちと一緒だったよね」
 とっさに言われた意味が分からず反応できなかった竜太朗は、一瞬の沈黙の後、ぱちぱちと瞬きをしながら正を見返した。意図を計りかねて、じっと探るように見ていると、眼鏡の奥の目がふっと細められた。
「明が、ぶっちが竜ちゃんの部屋に行くの、見たって」
「…うん」
「最終的には、自分の部屋に戻って寝てたみたいだけど」
「……うん」
 正の声はあくまで穏やかだったけれど、まるで尋問されているかのように感じて小さく答える。そんな竜太朗を見ながら、そっと正は息を吐いた。
「…あんまり、無茶させちゃ駄目だよ」
 少なくとも、身体を壊すまでのことは駄目だって、…考えてね。

 それきり、正は黙って、竜太朗も何も答えられなかった。
 後ろの座席を見遣ると、ぐったりと席に崩れるようにしている啓史と、毛布代わりに上着をかけてやる明が見えた。ひどい顔色だ、と思う。明が何かを告げ、それに啓史が首を振った。不服そうに前を向いた明と目が合って、そのとたん明は立ち上がり、真っすぐ竜太朗に向かって来て通路から見下ろす位置で止まった。
「…お前、」
 いったん口を開いてから、そのままひと呼吸置いた明は、黙ったまま見上げる竜太朗を苛々とした調子で睨んでいた。その苛立の原因が分かるようで、でも計りかねて、そのまま見ていると、明は自分たちの席の方──つまり啓史の方を見遣り、あからさまに顔を顰めた。 そしてちらり、と正を見て、竜太朗に視線を戻す。
「とりあえず、何にしたって、……限度ってもんは見極めろ」
 いつになく、低い声で明が言った。その強い視線をぼんやりと見上げ、正の視線も横に感じながら、竜太朗はシートに身体を沈めた。
「──正くんと、同じこと、言う」
 ぼつり、答えると、隣で正が動くのを感じた。明はそっちにまた目線を移してから、竜太朗に向き直る。さっきよりも苛立っているようにも、ひどく冷静なようにも見えた。
「…お前とぶちおも、同じ顔してるよ」

 そう言い残して、明は席に戻って行った。
 隣の正を見る事もできず、竜太朗はそのまま目を閉じた。東京に着くまで、お互い無言だった。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * *

 

 啓史が立ち去ってから、暫く竜太朗は眠れないでいた。夜明けが近いらしく、カーテン越しの空はうっすらと色づいていた。
 このまま泊まっていきなよ。そう言ったのは、三度目の夜だった。罪悪感からのものだった気がするが、極力考えないようにしながら行為の後、啓史が何か言う前に言った。彼はしばらく躊躇する素振りを見せたが、竜太朗がそのままソファベッドに向かうと、大人しくベッドに潜り込んだ。
 それから、啓史が何か言う前に泊まるように促す、それが恒例になった。そう言うと、いつも彼はこくりと頷いてベッドに潜った。今日のようにベッドを譲ろうとすることもあったが、いつも竜太朗は拒否した。それも、罪悪感からだった気がする。
 無茶はするな、させるな。正と明に、他のメンバー2人に言われたことが響いたことは、確かだ。そもそもこの行為自体が無茶だということも分かっている。それでもどうしてだか、止めようという気持ちは起きず、啓史も最初以来、一度も拒否しなかった。

 至極、自然な流れのように、あるいは至極唐突に、彼を求めた。
 その度に彼はただ少し笑って、あるいは呆れたような顔で、素直に抵抗なく身を任せる。…何も言わずに。

 何度も過ごしたあのベッドで、いつも彼は何を思って眠りに就いているのだろう。今日は、…今は、眠れているのだろうか。今日も決して、自分は優しくなかったはずだ。覚えている大半は、彼の苦しそうな悲鳴と歪んだ泣き顔だ。
 …それでも、啓史は拒否はしなかった。今までも、今日も。怒りもせずただ、疲れた、とだけ言った。

 ひとつ、ため息をついて目を閉じた。あと数時間で仕事に行かなくてはならない。自分も、彼も。

 

 …ねえ、きみは、大事なものを大事にする、その術を、知ってる?



To Be Continude...

2009.05.31




はい、とりあえず、すいません。
小心者なので先に謝っておく。毎回謝っておく。そういうことにします。だって怖いもん。。。
というわけで、現実丸無視の連載・第2回でした。さっぱり話が進んでないよーな、ますます泥沼のよーな感じですが。
そしてこの話、基本テーマは「イロゴト」ですが、「不純物」と「液体」も少々絡めて考えてまして、なので冒頭はそっから引っ張って来たり。
(プラの、ていうか太朗くんの描くエロチック曲って世界観繋がってると思うんですよね。同じ人なんで当然ですけれど)

まだまだ序盤でして、この先いつまで続くか書いてる本人不明だったりしますが(えー)、気長にお付き合いいただけると幸いです。
読んでくださって、ありがとうございました。