トライアングル
3300HIT 月アゲハ様へ





“ごらん、すぐそこに夢の終わりがきてる。”









 誰が言い出したのか、正の家で行われていた曲作りの作業がひと段落ついたのは、そろそろ太陽が顔を出すかというような時間帯だった。
「どうする?寝てく?」
 別にそれでもいいよ、という正に、少し考え込んだ竜太朗は明を見遣り、どうすんの、と聞いた。始発はとうに走り出している時間とはいえ、季節柄まだ外は薄暗く寒い。さみーよなあ、と苦笑しながら、だけど明は首を振った。
「ん、もう帰るわ。ちょっと夕方から出るつもりだから。電車も動いてるし何ならタクシーも捕まるだろうし」
 言いながら竜太朗を見ると、そう、と言った正も同時に竜太朗に視線を移した。二人の視線の先で小首を傾げた竜太朗は、一瞬考え込むような仕種をし、うん、と頷いて正に笑いかけた。
「俺も明と帰る。この時間なら一緒だし、だったら自分家で寝るよ」
「…そう」
 ね、と自分に視線を移した竜太朗越しに、ひと呼吸おいて相槌を打った正の顔を見遣って、視線が絡み合うのを感じた。一瞬のそれは鮮烈な緊張感を発し、どちらともなくふと、逸らされて、消えてゆく。
「んじゃ竜太朗、駅まで歩く?それかタクシー捕まえる?」
「んー…近くにバス停あったよねえ。バスにしよっかなって思って」
「そっか、じゃあそこまで一緒に行くか」
 うん、と笑った竜太朗越しに、再び正が明を見遣った。視線は再び絡み合い、ほぐれた。
 じゃあね、お疲れ、と二人が去ってドアが閉まる。はあ、と息をついてベッドに倒れ込むようにしながら、ひどく緩やかな苦しさの波に押し流されそうなのを感じた。
 ――――ねえ、苦しい、ね。






 少し歩こうよ。
 珍しくそう言い出した竜太朗は、やや困惑する明を後目にカンカンと音をたてて階段をかけ降りた。道路に出て、そのまま駅の方向に歩き出す。
 ぱりぱりと音をたてて薄氷を踏み締めながら、楽し気に歩く竜太朗を少し離れたところから見遣り、明は遅れ気味に歩いた。明け方の道路は冷え込んでいて、生まれたばかりの薄氷があちこちの水溜りに張っている。
「あーきら」
 嬉しそうに呼ばれて見ると、いつの間にかしゃがみ込んでいた竜太朗がそっと水溜りに手を伸ばしていた。氷の両端を持ち、ゆっくり慎重にすくい上げる。
「こんなに大きいよ」
 自分の顔より大きい氷をかざして言う。その顔があまりに嬉しそうで、北海道出身の俺には珍しくも無いとかいった憎まれ口も言うのが憚られ、明は笑って頷いた。
「よく壊さずに取れたな、そんだけ大きいの」
「うん。…薄いのにねえ」
 うっすらと射してきた朝日にそれをかざして、竜太朗は眩しそうに目を細めた。
「…キラキラしてる」
 綺麗だねえ。
 そう言った次の瞬間、竜太朗は両手の力を抜いた。するりと抜け落ちて地面に叩き付けられた薄氷が割れて飛び散るのを、明はまるでスローモーションのように感じながら見守った。
「こうやった方が、綺麗かな」
 呟くように言った竜太朗に、否定も肯定もせずに。






 次に作業が行われたのも正の家だった。いつものごとく明け方まで続けられた作業に没頭していた時、ふと肩を叩かれて明が顔をあげると、苦笑した正が部屋の隅を指していた。
「…ああ」
 指された方向を見て、明もクク、と笑った。布団に包まった竜太朗が、いつの間にか寝息をたてている。
「しょーがねえ奴…」
「まあ、もう朝だからねえ。明くんも疲れたんじゃないの?」
 何なら、寝る?
 聞いた言葉に他意はなかった。明もそのまま素直に受け止めて、ああでもねえ2人もねえ、と言いかけて、しかし同じく視線を移した正と同時に竜太朗を見遣ってしまい、―――瞬間、沸き起こった緊張感に言葉が続けることができなくなった。
 …遂に、この時が来たのだ、と感じた。そのままお互い暫く、無言でいた。
 いつからか。彼に――竜太朗に関する感情を自覚し、そしてそれをお互いに抱いていることを気付いてから、いつか来ると予期していた瞬間―――牽制し合い譲歩し合い、そしてお互いが表面に出さずにいることで保っていたバランスが崩れる時が、来たのだと、2人ともが息を詰めた。
 張り詰めた空気を纏う2人の視線の先、あくまで穏やかに眠る竜太朗を前に、先に糸口を捜したのは正だった。
「…あきら、くん」
 声は低く、平坦だった。感情の入らない調子が逆に平静で無い心情を感じさせ、明は僅かに身体を強張らせる。
「泊まってってよ、一緒に。…頼むから」
「…どういう?」
「……解ってんだろ。今、2人きりにされたらさ、…どうなるか解んないよ」
 視線を逸らして放たれた言葉の、最後の方の声は震えているようだった。
 『どうなるのか解らない』のは自分と彼が、という意味でもあり、その他すべての事象を指してもいた。どうにか保って来た危うい均衡を崩してしまうことで、壊れてしまうであろうことはきっと、とても大きいのだと。それは明にも解っていた。…解ってはいたが、しかし正の言葉に一瞬間を置いて、意を決して告げた。
「けどさ、もうそろそろ限界だよ」
「…明」
「お互い見ない振り、してきてさ、何もして来なかったけどさ。いい加減限界だよもう」
 苦しそうな表情をしているのが解る正を見るのが適わず、竜太朗を見遣ったまま続ける。自分の表情だって似たようなものだろうとは思ったけれども、視線を合わせる勇気がない。
「よく今まで何事も無く、平穏に過ぎて来たのが不思議なくらいじゃねえか。そろそろ潮時じゃねえの。それにさ、…竜太朗だって勘付いてるよきっと」
 正が息を呑むのを感じて、やっと明は正を見た。戸惑った視線とぶつかる。
「…さすがに、勘付いてる?」
 やんわりと、でも強張った声で聞く正に明は苦笑して見せた。正だって疑ってはいたのだろう、驚きよりも戸惑いに近い、ぼんやりとした疑念が具象化した衝撃を感じてるような反応だった。
「はっきりと掴んでるかは解んねえけどさ、俺とリーダーと、それと自分と、その中の空気みたいなもんは気付いてるよ。…俺らん中のさ」
「…緊張感?」
 少し目を細めて、正が言葉を受けた。思い切った、ような雰囲気ででも口調は柔らかく―――その裏はぼやかされて、見えにくい。
 頷く明に、そっか、と言った正はゆっくりと煙草を引き寄せた。一本取り出して銜えたまま、火をつけるでもなく空を見る。明も煙草を取り出し、火をつけてゆっくり紫煙を吐き出した。その煙が天井に消える頃、漸くライターに火を灯した正が、煙と共に言葉を告げた。
「だけどさ、限界だとしてもさ、壊してしまったら、もう…元に戻らないよきっと、色々と」
「…解ってるけどさ」
「それを失くすくらいの覚悟、できてるってこと?…明くんは」
 心持ち語気を荒くした明に、視線を向けた正は薄く微笑んでいて、どこか遠い―――遠くを見詰めている表情のような気がした。何故か気圧されたように言葉を詰まらせてただ、見詰め返す明に、静かに告げる。
「俺には無理かな。まだ…きっと、ずっと」
「…っ」
 静かなしかし決然とした口調に、明は一瞬血が逆流するような激情にかられた。
 だけどそんな状態を続けていてもどうしようもないだろうと、このままでいられるはずはないだろうと、叫びそうになるのを必死で抑えて拳を握りしめ、絞り出した声は案の定震えていた。
「…今のまま、竜太朗を、苦しめてるつもりかよ」
「……」
 明け方の道路で、薄氷が砕け散るのを見詰めていた横顔を思い出す。息が詰まるようなこの状態を、誰より抜け出したいのはきっと竜太朗だ。何が起きているのかはっきりと掴めずに、ただ息苦しくて喘いで、そしてそうさせているのは彼を想っているはずの自分たちで。
「だってさ、気持ちは、消しようがないだろ?だったらもう…進むしかないじゃねえか」
 無言で聞いている正の表情から、解ってるよ、と伝わってくるのを感じながら、あえて無視をするように明は顔を逸らす。そのままのろのろと立ち上がり、上着を手に取った。
「帰るよ」
 何も言えないまま見送る正に、ぽつりと言い残して玄関に向かう。その背中は決然としていて、ついて行ってはみたものの正はやはり何も言えずに、靴を履く明を見ているしかなかった。ドアを開けた明は、振り向いて強い瞳で正を見据え、しかし笑みさえ浮かべて言った。
「いいよ、リーダー、好きに動いて。ここまで来たらさ、後はもう…なるようになるだろ」
「明…」
「…俺も好きにするから。じゃあ…おやすみ」
 閉まるドアをただ見詰め、しばらく正は立ち尽くした。強い言葉、強い瞳。自分にはない――――。






「…正くん?あれ、明は…」
 ベッドを用意していると、もぞもぞと竜太朗が動いて声を発した。
「あ、起きた?」
「ん…寝ちゃったのか俺…」
 ふあ、とあくびをしながら起き上がる仕種がひどく幼い。自然と笑顔になりながら、正は竜太朗の横に屈み込んで簡易ベッドを整えた。
「こっちでちゃんと寝直しなさい。簡易で悪いけど」
「んー…明は…?」
「さっき帰った」
「ふうん…」
 竜太郎は眠そうにぼんやりしながら、毛布を敷く正を見上げていた。視線に気付いて、何、と笑うと一瞬首を振り、俯いて手が伸ばされて正の袖をそっと掴んだ。
「…竜ちゃん?」
 寝ぼけたのかな、と思っていた。特に深く考えずに見下ろすと俯く彼は手に力を込め、―――しまった、と思った時は遅かった。
「ね、…どうしたらいいのかな」
 呟くような声に、固まったまま何も返せなかった。正はただ、袖を握り締める手に視線を落として、動けずにいた。
「ねえ、二人ともさ、何か怖がってるよね。解んないけどさ、何でかみんな、…恐いよ。……恐い」
 恐い、と口の中で繰り返して、顔を上げた竜太朗はひどく弱い目で正を見上げた。
 不意打ちのように言われた言葉は、だけど彼の中にずっと溜っていて、今、この瞬間に溢れてしまっただけのことだろう。ぎりぎりのタイミングで気付いて、だけど止められなかったそれは溢れ続けて、真直ぐ正に降り掛かろうとしていた。
「ねえ、何かあったの?解んないんだけど、……だけどいつか爆発しそうで、そしたら皆どうなっちゃうのか解んなくて、恐くて、どうしたらいいのかなって」
 訴える目は必死だった。何が起きているのか解らず、にも拘らず強く感じられる緊張感に怯えているのだろう―――得体の知れない恐怖はより恐ろしいものだろう、と思い、それを与え続けていた罪悪感が沸き起こる。
 結局のところ、間違いでしかないのだろうか。壊さないようにすることで、自分たちも、彼すらも、苦しめてしまう想いは。
 葛藤を抱えて動けずにいる姿は、しかしひどく無表情で冷たいものだったのかもしれない。何も言わずに見下ろす正を見詰め返す目が、すっと歪んだ。
「…俺が悪いのかな。何かしたのかな…」
「…違うよ」
 弱々しい声に、やっとそれだけを返す。彼は、悪くない。悪いはずがない。ただ、…苦しめられてるだけ。
「だったら教えてよ。どうしたのか、俺はどうしたらいいのか」
 顔を歪めたまま、竜太朗は正の袖を引っ張り、子供のようにねだった。
 駄目だよ、と言いたくて、だけど言ったところで彼の目を更に歪めるだけだと解っていて、代りの言葉を捜せずに押し黙る。歪んだ竜太朗の目が潤んでいるのにも気付いているのに。
 しばらくじっと正を見上げていた竜太朗は、やがて手を離し、ふらりとした動作で座り直した。重心のしっかりしない、ぬいぐるみのような座り方。
「俺にはどうしようもないことなの?」
 見詰める正を今度は見ずに、俯き加減にぽつりと聞いた。
「何もできないの?…やっぱり俺が何か悪くて、それで」
「違うったら」
 思い詰めた姿に耐え切れなくて思わず正はしゃがみ込み、竜太朗を覗き込んだ。肩に手をやり、顔をあげた竜太朗の目との近さに一瞬息を呑んで、――観念しようか、と思った。
「竜ちゃんは悪くないから。……多分、誰も悪くないんだ」
 竜太朗は潤んだ目でじっと見詰め返している。ひと呼吸し、思い詰めた表情を和らげてやようと、少し笑いかけたが表情は変わらなかった。
「…ねえ、知りたい?」
 こくり、と頷く竜太朗に、正は困ったように笑った。そう、と口の中で呟いた正が表情を改めて、にわかに竜太朗は緊張する。
「でもね、それで壊れちゃうかもしれないよ。今の俺たちを無くしちゃうかもしれない、それでも?」
 竜太朗は一瞬黙り、二、三度瞬きをして、震える声で言った。
「でも、今のままでも壊れそうじゃん。じゃあ…どっちにしても、壊れるってことなの?」
「…そう、かもね」
 残酷な台詞だ、と思いながらも正は頷いた。手を置いた肩が震えている。ごめん、逃げ道を塞いでしまったね。
「嫌だ、そんなの…俺、…誰も無くしたく、ないのに。正くんも明も…誰も…」
 発せられた声はほとんど泣き声で、ああ、と正は思う。誰かを失うことへの恐怖、喪失の恐怖が誰よりも強い彼にとって致命的とも取れる言葉を告げてしまったと今更気付き、…彼を引き寄せたのはほとんど無意識に近かった。
「…正く…っ」
 抱き締めた腕の中で、やや困惑したような声がする。結局、こうなるんだな、と少し自嘲気味に息を吐いて、そのまま正は口を開いた。
「ねえ、竜ちゃん。…びっくりするだろうけどね」



 ……俺と明くんは、ずっと、君が。






* * * * * * * * * * * * * * * * *






 正の告白を聞いた竜太朗は、混乱と驚きの表情で押し黙り、そのまま帰って行った。
 明の気持ちまで告げることはなかったのかもしれない、とは正も思うが、どっちにしろ告げられることであり、それによって竜太朗の反応が変わるわけではないだろうから同じではあると思った。数日後、同じように明も竜太朗に告げ、その時も彼は押し黙ったままだったと聞いた。
 曲作りの名目を持ち出すことも何となく気まずく、休みの期間だったこともあり、顔を合わせないまま何日かが過ぎた。
 明も正も、少しの後悔と吐き出した安堵と、何も言わない彼への不安とを抱えて、しかし動けずにいた。
 やがて、電話が鳴る。



「一緒に、うちに来てくんないかな」






 竜太朗の自宅の最寄り駅で待ち合わせた正と明は、顔を合わせてまず、苦笑した。照れ笑いのようなものも混じっている。
「久し振り」
「おう。…結局、こーゆーことになったな」
「うん、ごめんね」
「いいって。俺はそのつもりしてたし。しかし二人一緒に呼び出すたぁな」
「いいんじゃない?解りやすいし」
 竜太朗の家に着く前に、コンビニで適当に飲み物や菓子を買った。ライバルだというのに、妙に和やかだな、と正は思い、ふっと笑った。ひょっとしたら、余計な緊張が取れた分、前より親しく話せるのかもしれない。
 チャイムを聞いて出迎えた竜太朗は、どこかぎこちないまでも、それでも裏のない笑顔で久しぶり、と言った。純粋に、会えて嬉しい、という表情で出迎えられることに、二人で安堵する。
「ほい、手土産」
「わあ、ありがとう」
「どーせお前ん家何もないだろ。何たってコンロもないんだから」
「そーだけどさあ」
 あはは、と笑う姿もいつも通りだった。適当に座り込み、思い思いに缶ジュースを空ける、一連の流れも至って和やかで不思議なくらいだ。
「…けど、どんくらい会って無かったかな」
 しばらくして、ぽつりと竜太朗が口火を切った。一瞬の緊張が走る。
「さあ…一週間とか、10日とかじゃないの?…あれから」
 極力和やかに正が言う。そっかあ、と力無い声で言った竜太朗は一瞬俯き、思い切ったように顔を上げた。
「あのね、俺なりに、すごい考えたんだけどね」
 明と正を交互に見る。真剣で、でも深刻さを出さずにしようとするような表情で、二人は見守りながら言葉を待つしかなかった。
「俺は二人とも大事で、二人ともが大好きで、どっちがいなくなるのもすごく嫌だ…ずるいかもしんないけど、二人ともに、いて欲しい」
「…え。けど、竜太朗」
 だけど告げられた言葉は二人の予想に反していて、戸惑いながら明が口を開く。だけどそれじゃ。
「どっちか選べないってこと、だよな、それ」
「…うん。ごめん、我が侭だけど」
「いや…そうじゃなくて。…選んでくんないのはそりゃ、悲しいけど、けどそれじゃあ…」
「俺たちがその、そんな気持ちのままで、…そのまま竜ちゃんの傍にいてもいいの?」
 言い倦ねている明に代わり、正が口を挟む。それが二人の、一番恐れていたことだった――――驚き、怯えて、遠い存在になってしまうのではないかという不安、それが。
 聞かれた竜太朗ははっと息を呑み、二人に対して視線を言ったり来たりさせながら、おずおずと言った。
「そりゃ…その…びっくりしたけどさ、それでも、いなくなっちゃう方が嫌だもん、俺…あ、でも明と正がそんなんじゃあ嫌だ、とか言うんなら駄目かもしんないけど…」
 もごもごと言う言葉はだんだん弱くなり、最後の方は消えそうだったが何とか聞こえて―――顔を見合わせた明と正は、笑った。
「…良かった。俺らこそ、竜太朗がいなくなるかと思った」
 笑いながら言う明に、竜太朗は困惑気味に言う。
「いいの?俺、すっごいずるいよ?」
「いいよ」
 本心だった。手に入らないことは解っていたから、期待して無かったから――拒絶されるよりはずっといい。
「リーダーも、だよな」
「うん。…ありがとう、竜ちゃん」
 正も微笑む。
 竜太朗は泣き笑いのような顔で頷いて、すい、と正に近付いた。そして驚いて動けない正に真直ぐに顔を寄せると、ちょん、と顔を上げて軽く触れるだけのキスをする。
「…りゅっ」
 竜太朗は狼狽える正をそのままにして明に近付き、同じようにキスをした。まるで、ぜんまい仕掛けの人形のような、軽くて可愛らしい口づけを。
「先に言ってくれたから、正くんが先ね」
 困惑した表情の二人に、竜太朗は泣きそうな笑顔のまま、やや震える声で言った。
「ごめんね。俺、二人とも選べないけど、…でも二人ともキスするくらい、好きだから」
 だからこれが精一杯の。
「…ずるいだろ、竜太朗」
 心持ち顔を赤くして、口元を押さえながら明が言う。正も頷いて―――三人ともが笑った。
 誰もが、泣いてしまいそうな気持ちで。



 自分からは与えないまま、与えてくれる存在を両方とも繋ぎ止めることを願っている竜太朗は、確かにずるいのかもしれない。けれど、これ以上幸福な答えなど、望むのが酷というものだろう。
 だからせめて、想いを抱えたまま傍にいることを許してくれるだけで、それで充分で。――それは、誰ももう、どこにも行けないということかもしれないけれど。






 一瞬だけ触れた唇の温かさを抱いていくのだろうという予感を抱えて、それでも三人で、満たされた想いに包まれた。







“平気な顔なら、しなくてもう、いい。
 おどけて歪んでる、弱くてやさしい微笑みの子供たち。”


end 2003.1.13


3300HIT、月アゲハ様へ捧げます。
「竜太朗受で相手も内容もおまかせ」ということだったのですが、プラでCP有を書いたことがなかったので、実はどうなることやら不安で(苦笑)。結局あまりちゃんとお応えできてないかも…すいません…(そしてやっぱりループ気味な話で更にすいません、一応前向きなつもりなんですが…)
いつぞやのライブで、明くんにキスした竜太朗くんの動きがほんとにお人形みたいで可愛らしくて、そのシーンが入れたかったお話です。でもやっぱりプラでCPは私には難しく(苦笑)、結果もっと泥沼のよーな関係になってしまったんですが(汗)。
タイトルと色文字は谷山浩子さんより。リク小説で引用は避けようかと思ったのですが、あまりにハマってしまったので使わせていただきました。
リクエストどうもありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします☆