レストユアサイド








“...Hello, hello...this is Arcadia to groundcontrol...
 (...管制塔、コチラアルカディア号、応答せよ...)”














「お前どうせ暇だろうと思って」
 そう言って強引に押し掛けて来た相手は、そのまま丸二日ここに居座っている。特に何をするでもなく、ただ喋って、ゲームをして、雑誌を読んでいるだけの彼の存在にもいい加減慣れたが、とりあえず疑問に思っていることは口にする。
「ねーアナタも明日から仕事でしょ」
「うん」
「……貴重なオフを、ずっと何するでもなく俺ん家で過ごしていいの?」
「お前だって何もしてねーじゃん」
「してたよ!洗濯とかさー」
「それはオフじゃなくたってできるだろうが。どうせ何の予定もなかったんだからいいだろ」
 いやだからそれが悪いと言ってるわけじゃなくてだね。
 言おうとした言葉を飲み込んでため息をついた。別に嫌だとも迷惑だとも思っているわけではない。
 ただ、意図が掴めなくて戸惑っているだけで。







『彼の欲しているもの。彼の望むもの。』







 休日最後の夜も穏やかに過ぎていく。風呂から出て来た潤は、床に寝そべって猫と戯れているキリトを見て、微笑ましいと、思った。
「こいつも大分打ち解けたな」
「そりゃこんだけ遊んであればね。…まあ、けっこう好き嫌いはあるけど」
「じゃ、俺は好かれてるってわけだ」
 猫を抱いたまま起き上がり、キリトはにっこり笑う。
 リラックスした顔だ――――そう思い、唐突に、理解した気がした。どうして彼がここに居座っていたのか。
「キリトも風呂、入ってきなよ」
 素直に立ち上がったキリトを見送り、手渡された猫の首筋を撫でながら、潤は苦笑した。
「困った人だよねえ、リル。まあ…甘やかしてるのは俺だけど」




『ねえ、僕を溺れさせて。望み望まれてるという感覚に。』




「麦茶、飲む?」
「うん、サンキュ」
 潤のジャージを着たキリトは、頭を拭きながらコップを受け取って口をつける。長めの黒髪がぐしゃぐしゃと揺れて、ひどく子供じみて見えた。
「明日、何時だっけ」
「12時とかじゃなかったっけ。って、キリト、俺ん家から行く?」
「…何だよ、今から帰れって?」
「違うって、だったらマネに伝えとかないと駄目だろ」
 潤の言葉に、ああそうか、と言ったキリトは、ややぶっきらぼうにソファに座った。
「大丈夫だろ。どうせお前拾ってから俺んとこ来るんだから」
「あー…さいですか」
 納得した潤は、しかし微妙なキリトの機嫌の変化に気付いて、その隣に腰を降ろした。
「…潤?なんだよ急に」
 伸ばされた手に眉を顰めるキリトの、その表情が本心ではないことを知りつつ、潤は微笑んで肩を引き寄せた。
「もうオフも終わりだからね。…だから、ゆっくりしなさいね」
 そう言いながら髪を撫でる。無言で凭れかかってくるキリトを抱きとめながら、ここへやって来た時の、彼の様子を思い出した。強引に押し掛けて来たキリトは、ベットを占領してすぐに眠りについた。寝に来たの?―――そう思ったのもあながち間違いではなかったようだ。
 彼が、こんな風に自分のところに甘えてくるのは、初めてじゃない。――――こんな何も言わない強引なやり方はなかったから、気付くのが遅くなってしまったけど。ごめんね鈍くて、と心の中で謝って、潤は優しく髪を梳いた。
「…何も聞かないのかよ」
 首元に顔を埋めて、モゴモゴと拗ねたような声で言うキリトが、だけど安心しているのも解っている。
 彼がやって来るのは、精神的にひどく疲れている時や極端に寂しい時で―――だから、僅かにでも、ここから帰らせるような内容の言葉を言ったことに機嫌を損ねているわけで――――――だったらもう、何も聞こうとは思わない。
「聞いてほしい?」
「…別に」
「じゃ、いいよ」
「どうでもいいのかよ…」
「違うって」
 拗ね方もまるで子供だ。潤は笑って、抱き寄せる腕にほんの少し力を込める。
「それであなたが俺のとこに来てくれて、休めたのならそれでいいよ」
 やや間を置いて身体を起こしたキリトに、ゆっくりソファに沈められながらも、潤は優しく笑った。




『彼の望みが、ただの、まっさらな休息でしかなくても。』




「休めるなら?」
「うん。―――あなたが、望むなら」
「ずっとかよ」
「うん」
 あなたが望んでくれる限り。―――――渇望ですらある気持ちは、心の中のだけに留めたけれど。
 きっとあなたは、手の中に留めて置けるような存在ではないから。そうしようとしたら、きっと二度と触れられなくなってしまいそうだから。


「あなたはいつまでも我侭だろうから」


 だから、彼が呼び掛けてくれるなら、自分はいつだって応えよう。それだけを知らしめよう。
 笑みを浮かべたままで、祈りすら込めた言葉を告げる。聞きながら潤の頬を指でなぞっていたキリトが、不意に首元に頭を埋めた。




『錯覚でもいい。永遠に僕を溺れさせて。』




「…お前が甘やかすからだよ」
 悪態とも取れる台詞は、だけどとても優しかった。






“旅の終わりと旅の始まり。僕はまた、僕はまた...
 ...Hello, can you hear my love?”



end 2002.04.16




「キリト+潤」で良かったんだけど…絡まさないと(爆)ただでさえぼんやりした話が余計ぼんやりしてしまったので…
私の永遠のテーマ(笑)「キリトと潤は仲良くなければならない」を書きたかったと言うか、ぶっちゃけ甘えるキリトと甘やかす潤が書きたかっただけ。なのにどっか殺伐としてんのは何で…(苦笑)?でもね、これは相思相愛です(笑)!気紛れなんだけど潤が好きでしょーがないキリトと、キリトが大好きだから我が侭も全部受け入れようとしている潤さんの話なのです。
この前に「レーゼンデートル」って暗ーい話書いた反動で甘いのを書いたんだけど……私にとっての甘々はこんなもんだということです(笑)。えっ?甘くない?
最初と最後の英語混じりの歌詞はスクーデリア・エレクトロ“楽園”より。お互いに「聞こえますか?」てやってるよーな話だなーと思ったので、後から持って来たんですが。途中に挟まってる色文字は違います。
短いですが、読んでくれてありがとうございました。