グローリア
38.9度。 安静、を言い渡されてベッドに横たわりながら再度体温計を確認し、キリトは力なくそれを投げ落とした。ライブ当日とかじゃなくて良かった、とは思うものの、何もこんな日に、とも思う。 12月24日―――世間が、街中が騒いで浮かれているであろう、こんな日に。 別に特別に予定があったわけではなくて、普段通りにしかも年末だからけっこうなハードスケジュールで仕事が入っていて、クリスマスだとかそんなこと構ってられない日になるはずだった。世間の奴らは楽しい時間を過ごしてるだろうに俺らは仕事だよ、そんな例年通りの愚痴でも言い合いながら。 その方が良かったな、と悔しいが心底思う。例え仕事だろうと、ひとり横たわっているよりは随分とましというものだ。自分が休んだせいで早期解散とかになって遊びに行くんじゃないだろうな―――覚束無い頭のせいかネガティブなことを考えながら、キリトは気を失うように眠りについた。 薬が、身体に染み渡るような感覚が心地よくて、逆に遣り切れない。 湯が沸くような音で目が覚めた。 ドアの向こう、キッチンに微かに明かりが見える。起き上がろうとして身体の重さに断念し、寝返りだけ打って仰向けになった。誰がいるか疑いようもなくて、しかしいるとは思わなかったな、と思う。 「…あ、キリト、起きた?」 ドアからそっと覗いた潤が声をかける。キリトが小さく頷くと、ベッドに近付いて覗き込んで額に手を当てる。 「まだ、熱あるね。しんどい?」 「ん…」 「お粥、作ったんだけど。食べれる?」 食べた方がいいよ、薬飲まなきゃいけないし。 そう言った潤は立ち上がって部屋を出ようとし、あ、と振り返った。 「汗かいてるよね。着替える?気持ち悪いでしょ」 「ああ…」 呻くように言って伸ばした手を、潤が掴んで引き上げた。上体を起こすだけで目眩がして、自然と寄り掛かるようになる。 「あーこんな汗かいて。脱げる?」 「脱げる…」 そうは言ったもののボタンを外すことすらままならなくて、半分潤に脱がされるようにして着替えた。いつもと逆だな、と頭の片隅で思ったけれど、口に出すことすらできない。流し込むようにして茶碗半分だけ何とか食べた、潤が作った粥が旨いのか不味いのかも解らなかった。 ただ、ひとりだったら何も食べずにいたのかもな、とは思った。 「キリト、薬飲んだ?まだ?」 洗い物をすませて戻って来た潤が、ベッドサイドに置いた薬がそのままなのを見咎める。とっくに横になったままぐったりしているキリトを見て、こら、と眉を顰めた。 「キーリート」 「…飲ませて」 「マジっすかそんな、お約束な」 「うん」 一瞬呆れたような顔をした潤は、でもすぐに苦笑を浮かべてミネラルウォーターを手に取った。熱のせいだね、と呟くように言う彼に、キリトも頷いて。 口づけは、糖衣錠が少し溶けて、甘かった。 「でも…来るとは思わなかった」 「来て欲しくなかった?」 「…んなことないけど、さ」 有難いよ、と目を閉じたまま言うのは、身体の辛さと照れ隠しだ。 「他の奴らは?」 「それぞれデートするとか言って帰ってった」 「…んの野郎ども」 「リーダーに感謝、てよ」 俺もね、と心の中でだけ言って、潤は笑った。 「もう寝なよ。まだ、熱あるんだから」 促されて布団を掛け直されて、一旦目を閉じたキリトは、しかし潤が立ち上がる気配で目を開ける。ドアに手をかける姿を、行くな、と言ってしまいたいのを堪えて見ていると、不意に潤が振り返った。縋るような目をしていただろうキリトを見て、ふっと微笑む。 「シャワー、借りるね」 「…え」 「適当にするから、もう寝なって。待ってなくていいから、さ」 帰ったりしないから。一緒に、寝るから。 そんな風に告げた潤に、キリトは掠れた声で言う。 「うつっても知らないぞ」 「平気だよ」 素直じゃないキリトに笑って、潤はバスルームに消えた。目を閉じたキリトに微かに聴こえてきた水音は、祝福の歌声にも似て―――。 ――――――メリークリスマス。 |
end 2002.12.23
私にしては非常に珍しくイベントネタ、そしてさらに珍しく甘い話です。短いですけれど。
タケキリかキリ潤かで迷ってキリ潤にしました。たまには切羽詰まってない(苦笑)キリ潤もいいかな、なんて。
皆様、良いクリスマスを。読んでくださってありがとうございました。