エモーショナルハート





“最後には黒いゴミ袋。再生利用<悲しい見世物>。
 さながら僕らの思想や理想は、感情過多とか、それに近い思い過ごし。”





“揺りカゴの中に僕はいる。”









「プラスティックトゥリーの人ですよね?」
 ―――それが第一声だった。


* * * * * * * * * * * * * * * * *





 いつの間にか眠っていたらしい。目を開けると見慣れたスタジオの天井が飛び込んできた。そして聞こえるのは聞き慣れたメンバーと新しいスタッフの声。他愛のない談笑だ―――しかし、それは作業を滞らせている自分を待っているせいだということは解っていた。
「あ、やっぱり寝てた」
 マネージャーが覗き込んで、寝起きの竜太朗の顔を見て苦笑する。
「……寝てました、すいません」
「歌詞書くからってひとりにしたのに、寝たんじゃ仕方ないじゃない。寝不足?」
「はあ…まあ、慢性的なものなんで…」
 伸びをして起き上がり、竜太朗はため息をついた。嫌な夢を見ていた気がする。煙草に手を伸ばし、ライターを探そうとした時、目の前にジッポーが差し出された。
「あ、―――ありがと」
 受け取って火を付け、礼を言って返すと、隆は自分の煙草にも火を付けた。いつの間に帰って来たのだろう、とふと思う。確か眠ってしまう前は、スタジオにいなかった。
「竜太朗」
「―――え。あ、なに」
 一瞬ぼんやりしてしまった思考が彼によって戻され、少し慌てて返事をする。隆はそれに構わず言った。
「顔色悪い」
「…そう?」
「また、寝れてないんか」
「ん…まあ、いつものやつ」
「薬飲んでんのか?」
「……うん、少し」
 隆がやや眉をしかめた。精神的なことからくる不眠症は竜太朗の持病みたいなもので、たまに医者から睡眠薬を処方して貰っていることは皆が知っているが、隆はそれを快く思っていない。
「…ごめん」
「…俺に謝っても仕方ないやん」
「うん」
「けどなあ…薬にあんま頼んなや」
「うん…けどねえ」
 どうしてか解らない。だが、誰にも言っていなかったことを何となく竜太朗は口にしていた。
「飲まないと、寝れても夢見ちゃうから」
「…嫌な夢?」
「うん。何か…余計、疲れちゃうような」
 そう言って薄く笑う自分は、彼にどう映っているのだろう。






 連日30℃を超す真夏日が続いている。暑さを極端に嫌う竜太朗は、辟易しながら事務所に着いた。暑いのが嫌なあまり作った曲もあったよなあ、などと考えながらドアを開けると、効きすぎなくらいのエアコンの冷気に包まれる。今日はこれから、九州のレギュラーラジオと名古屋のプロモーションに二手に別れて向かう予定だった。
「おはようございますー…」
「お早う、竜太朗さん。遅いっすよ」
「あー…もう皆、揃ってます?」
 部屋を覗くと、雑談している3人がいた。軽く手を上げて挨拶をする。いつもの光景。違っていたのは、スタッフに隆が呼ばれたこと。
「じゃあ、竜太朗さん来たんで、隆さんも」
「……え?」
 こういった2組に分かれた仕事の場合、ペアとして正が来るのが常なだけに、竜太朗は戸惑った。
「何だよ、俺じゃ不満ー?」
「……て言うか…珍しすぎるから…」
 剥れたように口を尖らせる隆に、やや呆けたままで竜太朗が応えると、向こうから正が言った。
「たまにはペアチェンジしてみてくれ、てディレクターがね。それで俺と明がプロモーションに行くことになったの」
「で、俺らは九州ね」
「はあ…ああ、そうなの…」
 やっと事態を呑み込み、竜太朗はスタッフに促されるまま、隆と部屋を後にした。
「…やっぱり、俺らが九州組なのは、たかちゃんがいるからかなあ」
 新幹線を待つ間に竜太朗がホームでぼそりと言った言葉に、隆が苦笑する。
「やっぱそう思う?」
「思うよ。だってたかちゃん、プロモーション全然駄目じゃん」
「そうそう、やっとその辺、事務所の人間も解ってきたみたいね」
 ははは、と明るく笑う隆に、竜太朗はため息をつく。
「いい加減、たかちゃんも協力してくんないかなあ…」
 建て前というものを語れない隆は、リリースに伴うラジオやテレビ出演といったものに対して、全く非協力的と言っていい。雑誌のインタビューもどちらかと言うと苦手だが、本音だけとは言え喋るだけまだましな方で、とにかく喋らない。話すとしたら本音だけで、適当に話をつないだりもしない。気に入っていないものを、いいとは言わない。―――ある意味潔くてかっこいいとは思うものの、メンバーとしてはちょっと困る。
 だから、話をまとめるのが下手な自分とはあまり組まされないのだとも、解っているのに。
「…今日のラジオは、進行、たかちゃんに任せるからね」
「げっマジかよ無理やそんなん!」
「だってそうでもしないと喋ってくんないでしょー」
「いやいや喋るって」
「嘘だ、絶対相槌ばっかになるんだ」
 信用ねえの、と隆が拗ねて見せたあたりで、新幹線が到着した。






 結局、ラジオは危惧した通り竜太朗がほとんど喋って終わった。それでもゲストとかの時よりはましかあ、と思う。珍しい取り合わせだけに、リスナーの反応も多かったし。
「では、明日10時に廊下に集合ということで」
 ホテルにチェックインし、フロントでそれぞれの部屋のキーを渡される。が、隆は大人しくしてる訳がなく、地元のスタッフと飲みに出る打ち合わせをしていた。そして部屋に戻ろうとする竜太朗にも声をかけた。
「何なら竜太朗も行くか?」
 隆ほどではないにしても、竜太朗も酒は飲む。たまには地方で飲むのもいいんじゃない?そんな誘いに、しかし竜太朗は曖昧に笑って首を振った。
「うん、行きたい気もするけど…何か、疲れたし、もう休むよ」
「何や、また寝れてないんか」
「うん…暑いしね。大人しくしてる」
「…そっか」
 ゆっくり休め、と言い残して隆達が去るのを見送り、部屋に入って、急に脱力感に襲われた。
「…しんどいー…」
 思ったより疲れてるのかもしれない。竜太朗はとりあえずシャワーを浴びると、のろのろとベッドに向かった。横になる前に、最早常備薬となっている睡眠薬を飲む。既に日付けは変わってかなり経つが、6時間くらいは寝れることになる。眠れば何とかなるだろう、と竜太朗は半ば無理矢理目を閉じた。








 地味にそれなりにコツコツと続けてきたバンドが、急速に大きくなりつつあった。
 きっかけはやはり大きな事務所にマネージメントを任せたことで、少人数で地道に動いていた時とは比べ物にならないくらい活動は大きくなり、同時に制御や把握がしきれない部分も増えた。
 決断したのは自分達だ。この状況も決して予想していなかった訳ではない。それでも、バンドがもう自分達だけのものではない、という感覚がことあるごとに襲い、竜太朗を鬱にした。―――例えば、守っているのに大切なものが傷ついていく、そんな苛立ち。
 他のメンバーも感じていることは同じだろう。元々、世渡りの下手な人間の集まりだ―――だからこそ今までのんびり地味に活動してきた―――だがその中でも自分が一際社会に馴染めない性格をしていることを、竜太朗は自覚している。「俺は俺、文句あるか」とばかりに貫ける明の豪快さも、自分の中で消化できる正のような寛容さも、短気ながらどこか飄々とした隆のような達観振りも、自分にはない。
 そのままでいいんだよ。皆はそう言う。ファンも、周りの人も。
 ……そうでなかったら傷付かなくても済むのだとしても?







* * * * * * * * * * * * * * * * *








 目を閉じたまま巨大な揺りかごに揺られて、竜太朗は夢を見る。温かな羊水の中、どこまでも沈んでいくイメージ。低い声が聴こえる。誰だろう、これは――――――“………さん?”。呟いた瞬間、羊水が泡立つ。真っ赤に染まる視界。息苦しくなり、必死でもがくと目が覚めて、揺りかごに揺られていた。ほっと安堵し、しかしすぐ気付く。自分はまだ、篭の中の存在だ。
「…やだ……っ」
 声が引きつってうまく言葉にならない。揺れはだんだん大きく早くなっていく。すさまじい恐怖。助けて、たすけてたすけてだれか、だれか!
「やだあっ!」
 叫んだ瞬間、今度は自分の肺が弾けた。胸から血が弾け飛ぶ。あまり赤くない、どす黒い血だ。ああ、やっぱり、とどこかで思う。こんな色だと解っていたような気がする。









 うなされて目が覚めた竜太朗は、這うようにバスルームに行って吐いた。自分の浅くて荒い呼吸の音が煩わしい。薬も吐いてしまったかな、と思い、朦朧としながらも意識を失うのが恐いと思った。きっとまた同じ夢を見る。
 断続的にひたすら吐いて、何とかバスルームを出て踞っていると、廊下の足音が聴こえた。隆だ、と思った。後から考えたら、そう断言する根拠はどこにもなかったのだけれど、その時は隆が帰って来たとしか思わなかった。そして必死で壁を伝うようにして、ドアを開いた。
「…竜太朗?」
 いたのは、隆だった。隣の自分の部屋の鍵を開けながら、急に開いたドアを不思議そうに見て。
「たか、ちゃ…」
 ドアに身体を預けた竜太朗は、隆の姿を見てほっとし、そのままずるずると床に崩れた。
「竜太朗っ!」
 隆の叫び声が聴こえ、強い力で腕をつかまれる。ああ、お酒臭いなあ、と思いながら不思議と不快感はなかった。たかちゃんが、いる。その安心感で、やっと竜太朗は意識を手放した。







 竜太朗の蒼白な顔と乱れた呼吸で、唯事ではないと察した隆はすぐ携帯でマネージャーを呼んだ。竜太朗を抱き起こすと、無意識に服を掴んでくる。
「どうしたんですか?」
 寝起きらしいマネージャーが、慌てた様子でやって来る。
「今帰って来たんだけど、竜太朗が急に出て来て倒れて」
「えっ!」
 マネージャーは慌てて竜太朗を覗き込み、救急車手配してきます、と開いたままになっている竜太朗の部屋に飛び込んだ。フロントに連絡を取る声を聴きながら、隆は竜太朗の背中を擦る。顔にかかる髪が少し汚れていて、吐いたな、と気付いた。常備薬の副作用みたいなもんだろうか。だからあまり頼るな、と言ったのに。
 苦しそうな顔を見ながら、不意にいつかの竜太朗の言葉を思い出した。嫌な夢、見るから。そう言った時の表情は、ひどくぼやけたものではなかっただろうか。
 やがてばたばたとした足音が聴こえ、救急隊員の姿が見えた。







 過労による脱水症状と診断された竜太朗は、点滴を打たれて朝まで入院した。連日の暑さと忙しさで参っているところに、不眠症が追い討ちをかける形になったらしい。初期段階だったため大事には至らなかったということで、予定通り昼の新幹線で帰ることにする。スケジュールのこともあったが、竜太朗自身が、ひとり残されることにも耐えられなかった。
 竜太朗を窓際に座らせて隣に並んで座ると、隆はマネージャーから手渡された毛布をかけてやる。
「まだしんどいやろ、寝とけ」
「……うん、でも大分まし…」
「元々寝てねーんだろ」
「んー…」
 天井を仰ぐ竜太朗の眼は、何となく表情を欠いていた。体調の悪さで焦点が合わないのか、とは思うが、どこか不気味な感じでもあり、隆を不安にさせる。
「夢、見るの嫌だし」
 しばらくして呟かれた言葉に、いつかの光景がフラッシュバックする。隆は眼を細めた。
「いつか言ってたやつか?―――余計疲れる、って」
「うん……似たようなのばっかり、かな」
 がくん、と軽い衝撃。新幹線が発車したらしい。竜太朗の瞳が一瞬揺れて、でもぼやけたままだ。







「――――――もがいてる、イメージ」
 停車駅や到着時刻を告げるアナウンスが終わり、車内にやや静寂が戻ってしばらくした頃。隆は聴こえた声に顔を向ける。相変わらず焦点の合わない眼は天井を向いていたけど、言葉は続く。
「ひとりきりで、羊水とか揺りかごとか、箱とか檻とか…そういうとこで、もがいてるイメージなんだ」
「…それは」
 夢の話なのか?そう言いかけて止まった。言わせてはいけないような気がして。
「わかん、ない」
 そう呟くと、竜太朗はぎゅっと眼を閉じた。夢も現実も、今の竜太朗には息苦しい。
 しばらく無言でいると、隆の携帯がメールの着信を告げた。明からだ。竜太朗の様子を聞いている。スタッフから聞いてはいるのだろうが、心配なのだろう。
「中山くんが、心配してんで。携帯もつながんねーって」
「え。あー…充電器忘れて、バッテリー切れたまんまだ…」
 苦笑した隆は、デッキに出て明に電話をかけた。予定通り帰るということ、竜太朗の様子などを伝えて戻ると、竜太朗は眼を閉じてぐったりとシートに沈んでいた。眠ったかな、と思いながら腰を下ろしたが、力なく呼ばれる。
「たかちゃんー…」
「お。何や。起きてんのか」
 あくまでぐったりしたまま、竜太朗はぼそりと言う。
「…ごめんね」
「え?」
「皆に迷惑かけて、心配かけてごめんね」
「…何や急に。珍しい」
 こりゃ相当弱ってるな、と苦笑して、隆は竜太朗の額に手を置いた。心持ち、熱い。
 その手を心地よく感じながら、だって、とぼそぼそと続ける。
「何か俺だけいつまでも悩んだり落ち込んだりしてるみたいなんだもん…」
「…別に、お前だけやないやろが」
 まあお前はちょっとひどいけど、と笑った隆は、ぽんぽんと頭を叩いた。くす、と笑って竜太朗が眼を開ける。やっと笑った、と思った。
「あのね」
 少し考える素振りをして、竜太朗は口を開いた。20代も後半だというのに子供みたいな口調が、だけど違和感を感じさせないのは彼の個性なのだろう。
「皆とっくに乗り越えてるだろうことを、俺は未だに考えてるんだけどね」
「…うん、何となく解ってるよ」
 隆が頷くと、竜太朗は少し、表情を堅くした。いや、堅いというよりは、薄く。
「ごめんね、バカだよね俺」
「そんなこと誰も言うとらんやろ」
 少なくともメンバーは。言外に込めて反論すると、竜太朗ははあ、と息を吐いた。
「もう少しね、バカか利口になりたいなあって思うなあ」
「…は?」
 言いたいことが解らず聞き返すと、竜太朗は力なく、笑った。あの、薄い笑顔で。
「こんなこと気付かないくらいバカだったら悩まなくて済むし、もっと利口だったらとっくに解決してるんだろうし――――――中途半端だから悩むんじゃないかなあ?」
 隆は呆気に取られて竜太朗を見返した。きっとかなり間抜けな顔でいるだろうと思うが、当の竜太朗はお構い無しでぼんやり笑ってる。時々、本当にこいつは理解不能だ。AB型はB型には理解できないのだろうか、しかしそんなことを言ったら4人が4人とも血液型の違うウチのバンドはやっていけないのだが、それにしても。
 だけど。
 頭を掻きながら、苦笑する。一緒に悩んでやるような真似はしない。自分の投げられる答えは少なく、だけど明確だ。
「あのさ、竜太朗」
 苦笑が伝わったのか、きょとんとしたような顔で見上げてくる竜太朗を見て、適わないな、と不意に思った。どんな独り善がりも我が侭も許されてしまう、手を差し伸べずにはいられない何かを持った彼。
 ―――だから自分も手を差し伸べる。
「お前、そういうこと解って悩むことがなくなったら、もう曲作れねーんじゃねえの?」
 竜太朗は一瞬ぽかんとし、あ、と言った。そして、笑う。
「そう、だね」
 1年程前、シングルの―――“絶望の丘”のレコーディングの時、歌詞について皆で珍しく話をした。「“教えてよ魔法のような幸せはどこ?”って、答えようがないこと聞いてるよな」と明が言った時、「でもそれ解っちゃったらもう竜太朗は詞書けないんじゃねえの?」と言ったのは隆だった。それを聞いて「そうだよねえ!」と無邪気に竜太朗は言ったのだ。「書きながら思ってたもん、ないない、って」―――おいおいなのに聞いてんの?そう言ったのは誰だったか。それに対して、こうも言ったような気がする。「そうだよね、なら死ねって感じだね」
 そんなことを覚えていたんだ。竜太朗は少し恥ずかしいような気持ちになった。そんな感情を知ってか知らずか、隆は少しおどけたように言った。
「俺、プラトゥリの曲好きやで?昔も、今も」
「え?」
 今度は竜太朗が戸惑う番だった。そんな姿に隆はにやりと笑う。
「俺、元々がプラトゥリのファンやから、さ」
「―――あ」
「解った?」
 機械じみた動きでカクカクと頷く竜太朗にも、おどけた笑みは消さない。
 インディーズの頃、前のドラマーが辞める頃に最初に隆と出会った。面識はなかったけど、隆はCDを聴いていて気に入っていて―――「プラスティックトゥリーの人ですよね?」たまたま居合わせた打ち上げ会場で、そう声をかけてくれたのだ。
「プラは全然大丈夫やで?お前の不安も解るけど、俺の好きなまんまのプラの音やから。だから、無理に変える必要はないんやないの?変えられても俺が困るし」
 気に入らん太鼓は叩けんもんな、と笑う隆に、うん、と頷く。いつだって嘘がない彼の言葉は、直接まっすぐに響いてきて―――いつでも小気味良いほど高い音をたてる。
 つよいひとだ、と思った。
「それにな、お前がこれ以上バカだったら、俺は一緒にやっていけん」
「ひどーい。反論できないとこが悔しいけどーっ」
 付け加えられた言葉に、剥れながらも笑って。
 そやろ、他のメンバーとかにも聴いてみ?絶対俺と同じこと言うし。隆も笑う。
「せやし、もうあんまぐちゃぐちゃ考えんと、今は寝ろ。な」
 頭を叩く、子供をあやすような仕種にひどく安心しながら、頷いた竜太朗は眼を閉じた。






 いつの間にか新幹線は、新大阪を過ぎていた。
 やっと眠ったらしい竜太朗を確認し、隆は再びデッキに出て電話をかける。通話はすぐにつながった。
「…うん、眠った。何とか大丈夫みたいやで。……うん、解ってる。まったく、あいつ愛されてるよなあ」
 俺も大概だけどね、あいつ何か放っておけんから。そう言う隆に、電話の向こうで明が苦笑する。
「隆くんも、竜ちゃんに愛されてると思うけど?」










 それを聞いた時の隆の表情は、明には見えなかったけれど。
 絶句した後の笑い声は、苦笑とも照れ隠しともとれるような、そんな風に響いた。










“揺りカゴの中に僕はいる。
 「ギチギチ。」
 笑った。このまま止まらない。



 止まらない――――――――。”

 

end 2002.03.28







おまけ。



「お疲れさまー、良かったよー!」
 ライブ終了後の楽屋に入ってきた青を見て、竜太朗は眼を見張った。
「…青ちゃん、泣いてる?眼、真っ赤…」
「え、嘘−アタシが泣く訳ないじゃないのーっ」
 言いながらも、青の眼は言い訳がきかないくらい真っ赤に充血している。
「…嬉しいなあ、泣く程感激してくれて」
「…だって、マジに良かったから。最高」
 青が親指を立てると、竜太朗も同じポーズで返した。
「でも実はねえ、何か知んないけど俺も“Sink”の時半泣きだったの、歌ってて」
 竜太朗が照れながら告白すると、青もぱん、と手を打つ。
「そうそう!“Sink”!あれ、すごい良かった!」
 さいっこーの出来だったよね、と言っていると、後ろからスタッフが会話に入ってきた。
「そうなんですよ、気付いてました?」
「え?」
「“Sink”でね、隆さんも大泣きしてたんですよー」
「…ええ?叩きながら?」
「そう、いつもみたいに叩きながら大声で歌ってて、そのうちぼろぼろ涙流し出して」
「うるせえよっ!」
 いつの間にか近くに来ていた隆が怒鳴る。照れ隠しか、タオルで顔をごしごし拭いている。
「そなの?そなの?たかちゃんも感動した?」
「…黙れ太郎」
「やーだな照れなくてもいいじゃん」
 隆はぶつぶつと何かを言っていたが、やがて観念したのかぼそりと「まあな」と言った。
「良かったもんな」
「ん」
 ライブ後の心地よい疲労感も伴ってハイ状態の竜太朗は、ぴょん、と隆に飛びついた。
「うわ、重い竜太朗!」
「へへへー、いーじゃん感動を分かち合おうよー」
「ライブ中じゅーぶん分かち合ったから!」
 隆は竜太朗を引っ張がし、はあ、と息を吐いて言った。
「いい曲は伝わるっちゅーこと、やな」
 え、と見返す竜太朗に、不敵に笑う。
「あんなライブ出来んのやったら大丈夫やろ、俺ら」
 そのままスタッフの方に挨拶に向かう隆の背に、数秒遅れて漸く理解した竜太朗の叫び声が響いた。
「ありがとーたかちゃーん!大好きー!!」
 一瞬ずっこけて苦笑いする隆と、ケラケラと笑い転げるハイな竜太朗を見比べながら、青は「やっぱこのバンド面白いわ」と一人呟いていた。


 



プラ小説第2弾。時間的には随分前です。実は設定にかなりフィクションがあったりして。
プラさんが今の事務所に所属したその半年くらい後、99年の夏あたりのイメージです。
実際にひどく悩んでいたと思われる時期は冬なのですが、しかし太郎さんに暑さ負けさせるために無理矢理夏に(笑)
それと当時彼等が持っていたレギュラーラジオは名古屋なのですが、3時間程度じゃ会話が成り立たないので、九州にいたしました。
あと「もう少しバカか利口になりたい」「書きながらないないって思ってた」て竜太朗くんの台詞は、彼が実際にインタビューで言ってたものです。…彼はきっと一生、あーゆーことを悩みながら生きて行くのではないかと。
最初と最後の歌詞はまたしてもPlasticTree“ギチギチ”。隆くんの脱退表明直後に出されたシングルに入ってた曲ですので、捉えようによっちゃ痛いんですが。ちゅうか、痛い。(だいたいタイトル曲が“散リユク僕ラ”だったっちゅーに…この曲もいつか使ってやる)
読んでくれてありがとうございました。