「俺だってまだ18の学生なんだし、遊びたい!」
「そうは言ってもねえ…」
不満を漏らす竜太朗を前に、正は頭を悩ませていた。
ボディガード付になってから三週間を越え、大学生活にも慣れてきた竜太朗だったが、状況的にあまり夜の外出はできなかった。確かに遊びたい盛りの新入生が、飲み会に行けないのは不満だろう。それは分かるのだが。
「でも合コンっていうのはねえ…」
いきなり「合コンに行きたい」というのには、ちょっと自粛してくれと、思う。
「えー! だったら俺これから一生行っちゃ駄目っていうの? そんなのないでしょ!」
「いや、そうじゃなくってね」
別に正としても、竜太朗がコンパに行くこと自体を制限する気はない。社会勉強にもなるだろうし、適度な遊びも必要だと思う。ただ、今の状況的には賛成しかねるのだ。
「少なくとも、女の子は竜ちゃんの知らない相手なんでしょ? それが危険だって言ってるの」
「えー、だってでも、一応同じ大学の子なんだって! 男どもは皆知ってるしさ!」
「そして居酒屋っていうのもねえ。いろんな人が行き来するわけだし」
「そんなにオープンな場所でもないって!」
渋る正を前に、竜太朗は必死だった。それは合コンというものに対してというより、遊びたい!という気持ちの表れだ。その竜太朗の気持ちも分からなくないので、余計に正は困っていた。
「だったらぶっちも一緒に参加すればいいじゃん」
「いや、だからそれは無理があるんだって」
あくまで足跡が残らないようにしてるんだから。一歩も辞さない竜太朗に、正は嘆息した。
しかし翌日、その話を相談された笹渕はあっさり「じゃあ俺もその店で張ることにするから」と承諾した。
「…いいの?」
「店が決まってんなら予め仕込んでおくから。たまにはあの坊ちゃんの息抜きも必要でしょ」
「まあ…笹渕くんがそう言ってくれるなら、色々助かるけど」
何の情報が必要?と聞くと「店の場所と幹事の名前と、できれば参加者リスト」と言われ、正はそれを事前に笹渕に渡しておいた。
「ねー、今日の合コンってぶっちは近くで飲んでるの?」
「まあ、店にはいるよ」
「一緒に参加すればいいのにー」
「人数足りてるんでしょ」
他愛のないやり取りだ。学校帰りの車の中、後部座席の二人を見遣りながら、竜太朗は浮かれてんなあ、と明は思った。年相応のオトコノコってことだな、あいつも。
「ところであんた、酒は強いの?」
「えー、そこそこかなあ」
「てか、まだ未成年だよな。まあその辺りはいいけど」
執事さんたちも止めてないしね。そう淡々と言う笹渕に、明は苦笑して言った。
「竜太朗は弱くないけどたいして強くもないから、無茶してたら連れて帰ってやってよ」
「えー、そこの部分は俺の仕事外だけど」
「しっつれーな! それなりに飲めるよ?」
「お前、まだ自分の限度分かってないだろ。調子乗って飲み過ぎんなよ」
待ち合わせの時間までは余裕があったため、いったん竜太朗は自宅に戻った。彼が自室に消えた後、正の部屋に定期報告に行く笹渕に、今日は明も同行した。
長い夜になるのかなあ。明は嘆息した。
店までも明の運転する車になることが、竜太朗はひどく居心地が悪かったらしい。「合コン行くのに運転手付きなんて…」とぶつぶつ言っている。その気持ちも分かるので、明は苦笑しておいた。
「店の前までは行かないから。その辺の安全はぶっちくんが確認してる」
「ぶっちはもう店にいるの?」
「さあ。先に出て行ったのは確かだけど」
店の少し手前の道路で竜太朗を降ろす。笹渕の指定した場所だ。そこから店までなら狙撃の不安もないから、と。
「じゃあとりあえず、迎えにも来るから」
「それもかっこ悪いなあ…」
「2軒目までならハシゴしてもいいけど、ホテルに雪崩れ込んだりしないように」
「こんな監視付じゃそんなことできないよ!」
舌を出して走り去る竜太朗を笑顔で見送って、さて、と明はハンドルを切った。近くの駐車場に車を止めて、その隣のワンボックスカーをノックする。後部座席のドアが開き、笹渕が顔を出した。
「時間ぴったり。入って」
車内は広く改造されており、モニタが数台設置されていた。テレビ番組でよくある、隠し撮りを見守るタレントみたいだ、と思う。
「音声はそれぞれのヘッドホンで拾えるから。あんまり変な場所に行かない限り、死角はないように設置してる」
「了解」
笹渕は中でガードするが、合図があったら明が入って竜太朗を連れ出すことになっていた。明は竜太朗の友人にも面識があったから、事情があって運転手が迎えに来ました、と言えば不自然ではない。
「で、ぶっちはどこに座るの」
「この席」
指されたモニタを見ると、カウンターの端に女性がひとりで座っている。正直いって美人だ、と思う。
「え、この人が連れ? 美人連れなのかよ!」
「ひとりで飲んでたら不自然じゃんか。助っ人を頼んだの」
「えー、じゃあ同業者かよ。すげえなあ、不二子ちゃんみたいだなー」
心底羨ましそうな明に、笹渕は苦笑して「そんないいもんじゃないよ」と言い残し、店に向かった。
その店は繁華街とは少し外れた、竜太朗たちの通う大学とほど近い位置にあった。学生たちが大挙して集う規模でもなく、かといって高級とまでも言えない、そこそこのランクのダイニングバーだった。竜太朗たちの部屋は個室で、男女8人でのコンパは適度な盛り上がりを見せていた。
男女とも同じ学校の別学部の学生、という集まりだったから、全員それなりの家柄ではあり金も持っている。変に媚びる女子も馬鹿騒ぎをする男子もおらず、会話は楽しかった。
「竜太朗くんって、どんな子が好みなの?」
前に座る女の子がさり気なく聞いて来た。多分、自分を気に入っているのだろうその子に、愛想良く笑う。可愛い女の子にちやほやされるのは悪くない。
「俺、あんまり好みっての分かんないんだよねえ。その時で、いいなって思った子が好みになるし。あ、でも可愛い子は好きだよ?」
「えー、それじゃ今までと全然違うじゃん!て子と付き合ったりしちゃうの?」
「そういうこともあるよー」
へらり、笑った竜太朗の脳裏には、しかし笹渕の姿が浮かんだ。いま一番気に入っている子、と聞かれたら間違いなく彼になってしまう。確かに、今までと全然違うタイプだ──それ以前に、男だ。
「それって節操ないって言わないか?」
聞いていたらしい、隣の友人の男が横やりを入れる。彼とは高校からの付き合いだったから──彼らの大学はエスカレーター式なので内部進学が半分を占める──過去のいろいろをお互い知ってはいる。
「確かにね、こいつはモテるんだよー。でもみんなこの優しそうな雰囲気に騙されてるんだ!」
「なんだよー騙してないって」
「坊ちゃんだから我が侭だしね〜」
「坊ちゃんはお前もじゃん!」
女の子たちがきゃらきゃら笑って、単純に可愛いなあと思った。うん、可愛い女の子はいい。綺麗な子もいい。なのに、なぜ気になるのは彼なのだろう。
そういえば、当の笹渕は店のどこにいるのだろう。
しばらくして、トイレに行くために個室を出た竜太朗は、帰る途中のカウンターを見て立ち止まった。
カウンターの隅に、いつもより大人びた服装をした笹渕がいる。その横には、いかにも年上の美人が親しげに笑っていた。
「…っ、」
一瞬、息を呑んで声をかけそうになった竜太朗を、笹渕はちらりと見遣ってすぐ眼を逸らす。「店内で出会っても知らないふりをすること」…そう言われていたことを思い出し、ぐ、と奥歯を噛み締めて、竜太朗もそのまま個室へ戻った。ぐるぐると、今見た光景が回る。思ったよりもショックを受けてしまっている自分が、ショックだった。あんな、──女と一緒のところを見たくらいで。
だけど、美女と一緒の笹渕は、知らない「大人」の姿に見えた。
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お久しぶりですいません。合コン編ですが、一話で収まらなかった。。。
大学生なら合コンだろう、というネタですが、作者自身が合コン経験ほとんどないのでそこに苦労した(苦笑)
ほとんど書き上げてるので続きは早いうちに!
2010.8.1 up