Fools rush in where angels fear to tread. ─ 02

「ぶっちー、1限サボろーよー」

 校門で車を降りて校内に入った竜太朗は、しかし授業を受ける気にならないらしい。校舎とは違った方向にぐいぐいと笹渕を引っ張って行った。
「ダメでしょ、俺がついていながらどうしてサボった、てことで余計な怒られ方したくない」
「いいって、ぶっちの仕事は俺を守ることなんでしょ? 授業を受けさせることじゃないでしょ?」
 眠いんだよー、そうごねる竜太朗に笹渕はため息をついた。確かに、命が無事なら笹渕の非にはならないのだが。
「けどあんた、跡取りなんだろ? ちゃんと経営学とか勉強しなさいって」
「あーまー、そうなんだけどさー…」
 竜太朗はこの春に大学に入学したての18歳だ。エスカレーター式の坊ちゃん学校で、受験らしい受験を経験して来なかったのだろう、どうにも闘争心というか向上心に欠けるようだ、と密かに笹渕は思う。そしてこの間まで高校生だったわけで、まだまるで子供だ。
 そうではあっても、でも好き勝手にさせる訳にいかない。そう思いつつ、周囲を確認して笹渕は竜太朗の隣に追いついた。

「けど、ねえ…」
 何かを言いかけた竜太朗が笹渕の方を見た瞬間、ぐい、と笹渕の腕に引かれてバランスを崩した。そして、え、と思った次の瞬間には見事に二人で重なるように通路に転がって──笹渕の上に竜太朗が乗るように重なって──、同時にキン、と何か堅い音が聞こえた。

「うわ、どうしたの?」
 盛大に転がる男子二人に近くにいた生徒たちがざわざわとし、何人かが声をかけてくる。未だに何が起きたか分からないで地面にへたり込む竜太朗を余所に、「大丈夫、ちょっとつまずいてこいつを巻き込んじゃって」と笹渕は説明して身体を起こし、大丈夫か?と竜太朗を覗き込んでぼそりと言った。
「今、あんた狙撃された」
「…え?」
「この辺、狙いやすそうだから警戒してたの。今日くらいに行動するかなって思ったけど、ビンゴだったね」
「…ええ!?」
 一瞬でパニックになった竜太朗に笹渕は苦笑して、立てる?と手を差し出した。

「──だから、授業出た方がいい。教室の方が安全だよ」
 竜太朗はこくり、と頷いた。





「よく考えたらさ、朝のあれってぶっちの作戦だったりしないの?」
 昼休み、食堂でランチを摂りながら、竜太朗が伺うように聞いて来た。もそもそとサンドイッチを食べていた笹渕が顔を上げる。
「はあ? なんで?」
「だって全然分かんないし、音もしなかったし、ああやって脅して俺を授業に出させたとか」
 狙撃された、と言われた瞬間は確かに恐ろしくなって、素直に教室に向かったけれど、よく考えてみると証拠は何もないわけだ。疑いの目を向ける竜太朗に、あんたね、と笹渕はため息をついた。
「んな面倒なことするかって…じゃあ証拠、見せようか?」
「証拠?」
「うん。はい、これ」
 そう言って、笹渕がパーカーのポケットから取り出したのは銀色の小さな塊だった。手のひらに乗せて竜太朗に見せる。

「何これ。…って、あ、まさか」
「分かる?」
「えっと…銃弾?」
「当たり。これがあんたを狙って飛んで来たの」
 笹渕の手のひらで光るそれは、少し潰れていて、明らかにどこかに当たった──つまり使用済みの銃弾だった。恐る恐る伸ばした竜太朗の手が触れる前、笹渕はそれをポケットに戻した。
「いつ、拾ったの?」
「あんたが1限目を受けてる時」
「え、でもぶっち、10分くらいしか遅れなかったよね?」
 竜太朗と教室まで来た笹渕は、席を確認すると一瞬だけ姿を消して、またすぐ戻ってきた。狙撃されたと聞いたばかりで不安だった竜太朗は、時間を確認していたのだ。
「どの辺に落ちてるかの見当はついてたから、すぐ見つけたよ。ちなみに、どこから狙ったかも分かってる」
「そんなことも分かるの?」
「分からなければこの仕事は務まりません。校内の狙撃ポイントは押さえてあるから」
 昨日まで調べていたのはそれか、と納得しつつ、竜太朗は半ば呆然としていた。彼は、プロのボディガードなのだ。そのことをやっと理解できたような気がした。そんな竜太朗の反応を、笹渕は至って普通に受け流していたが。

 しばらくして驚きが収まって、だけど竜太朗には別の疑問が沸き起こり、相変わらずPC端末を広げている笹渕に問いかけた。
「でもその弾、拾ってどうするの? 証拠見つけてもしょうがないでしょ?」
 そもそも、笹渕のような裏稼業の人間を雇っている段階で、自分が狙われているということが表沙汰にはできない理由がある、ということを竜太朗も理解していた。父親の事業に表向きのこと以外のものがある、ということは子供の頃から薄々気付いていたし、正の立ち回り方から見ても明白だったし、今回のこの事態については「息子を巻き込むなよ」と思わないでもなかったが、想定できないことではなかった。
 つまり警察沙汰にできないのだから、証拠を見つける必要があるのだろうか? そんな疑問だったのだが、笹渕は「意味はあるよ」とあっさり返した。
「これで少しは敵の正体を絞り込める。前進したと思っていいよ」
「その、弾で?」
「そう。使用した銃と弾が分かるからそれの流通ルートとか所有者をまず絞り込んで、狙撃ポイントからスナイパーのランクもだいたい割り出していける。まあ、特定までは至らないと思うけど」
 でも確かな情報が増えたってことだからね。笹渕は淡々と言ったが、竜太朗は言葉が出なかった。この小柄で幼い男が、自分が全然適わない相手であるということを、短時間で何度も認識させられた。


 竜太朗の思いを余所に、PC端末を閉じた笹渕は「さて、授業行くか」と立ち上がった。
「午後は1コマで終了だよね。15時半に中山さんが校門に来る予定だから」
「明のことは呼び捨てしないんだね、ぶっち」
「うーん、正くんは前から知ってるけど、中山さんはよく知らないしなー」
 笹渕と明の接点は、毎日の学校までの往復だけだ。確かにそうか、と思って、ふと前からの疑問をぶつけてみる。
「ね、ぶっちって幾つなの? ぜんっぜん同じクラスで違和感ないんだけどさあ」
 最初に会った時からずっとあった疑問だった。確かに自分と同じくらいに見えるが、実戦としての経験を積んでいるような言動から、とても未成年とは思えない。明と正は20代後半だったはずだから、彼らに対する態度からそれより年上ということはないだろうが。
「…少なくとも、俺より年上だよね?」
 今までの友達感覚から、違う感じで笹渕に興味を持って知りたいと思った。だけど笹渕は伺うような竜太朗を一瞥して、「あんたの同級生だから、18?」とにっこりと営業スマイルで返し、鼻白んだ竜太朗がぶつぶつ言う文句もただ、聞き流した。



 絶対、実は彼はけっこう年上だ、と竜太朗は思った。




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さてはて。また変な話を始めてしまいましたが。
現実とかけ離れているのはいつものことなので、気にしないで下さいまし。

とりあえず、趣味に走った世界を、趣味に走った設定で、けれど
あんまり背景とか掘り下げずに、書きたいシーンだけ切ってくつもりなので
割と(私にしては)さくさくと進める予定です。

楽しんでいただけたら、是幸い至極です。

2010.4.29 up