ニ セ 物 ・ 本 物
[ 1 : 開 運! な ん で も 鑑 定 団 ]関西では日曜日の 12 時 54 分から始まる テレビ 大 阪 ( 関東では テレビ 東京 ) の 『 開運!なんでも 鑑 定 団 』 の番組は視聴率 2 桁の 人気番組であり、私もよ く見ることに しています。 ところが 去年 12 月 20 日の番組に出品された中国の陶器である 曜 変 天 目 茶 碗 、( よ う へ ん て ん も く ちゃ わ ん ) の鑑定において、レギュラー出演する 古 美 術 鑑 定 家 の 中 島 誠 之 助 氏 が 『 なんでも 鑑 定 団 』 始まって以来の最大の発見であり、国 宝 になっていたかもしれない 「 大名品 」 ですと鑑定 しま した。 鑑定後、中島氏は 「 曜 変 天 目 に間違 いござ いません 」 と断言 し、「 信長 ・ 秀吉 ・ 徳川家康がこれを 鑑 賞 し、さらに現代に伝わっていれば、国宝になっていたかも しれない 」 と解説 したので した。 南宋 時代 ( 12 ~13 世紀 ) の 中 国 で 製作 された 曜 変 天 目 茶 碗 ( よう へ ん て ん も く ち ゃ わ ん ) は、 「 星 々 」 を思わせる美 し く 輝 く 模 様 を持ち、 「 茶 碗 の 中 に 宇 宙 が 見 え る 」 と 評 されるのだそうです。しかも完全な形で残るのは世界で 三つ とされ、すべて日本に現存 しています。その場所とは、これらは いずれも 国 宝 であり、番組放送後、 四 つ 目 の 国 宝 発 見 となる大 ニュース と して、新聞各紙 は 「 幻 の 陶 器 発 見 」 と 相次 いで報道 しま した。 ( 1-1、本 物 と 鑑 定 し た、 お 宝 の 金 額 ) この 茶 碗 を持ち込んだのは徳島県の ラーメ ン 店 の 店主で した。 お 宝 は明治時代に 大工を していた 店主 の 曾祖父が、戦国武将の 三 好 長 慶 ( み よ し な が よ し、1522 ~ 1564 年 ) の子孫の屋敷を移築 した際に、大枚をはたいて買い求めたもの。25 年以上も押し入れの「 肥 や し 」 になっていま したが、気になって番組に鑑定を依頼 したのだそうです。 古美術鑑定家 の 中 島 誠 之 助 氏 が 鑑 定 した 「 曜 変 天 目 茶 碗 」 ( よう へ んてんも く ちゃわん ) の価値は、金額に して 二 千 五 百 万 円 で した。 ちなみにこの番組における最高の鑑定金額は、平成 17 年 9 月 27 日に出品された ド イ ツ で発掘された 柿右衛門様式 の 壺 の 五 億 円 で、次は マリリン ・ モンロー が身に着けていた イ エ ロ ー ダ イ ヤ モ ン ド の 一 億 五 千 万 円 で した。 ( 1-2、茶 碗 の、 ニ セ 物 説 ) ところがこの 「 曜 変 天 目 茶 碗 」 の鑑定に異議を唱える専門家が現れま したが、愛知県 瀬戸市 在住の 陶芸家 の 九代目 ・ 長 江 惣 吉 氏 です。 曜 変 天 目 の美 しさに魅了された長江氏は、製造方法が未だ解明されていない 「 幻 の 陶 器 」 の 完全再現 に親子 二代にわたって 挑 ( いど ) んできま した。 これまで長江氏は中国 へ 二十八 回 赴 ( おもむ ) き、現地研究者 との 交流 を 重ねてきま したが、昨年、N H K がその活動を番組で特集 したほどの 「 曜 変 天 目 の 専 門 家 」 で した。その 長江氏 によれば、 出品された品物は、どう見ても 中国 の 商 店 街 で 売っている 「 ま が い 物 」 ( いんちきな 品 物 ) に しか 見えなかった。とのことで した。その 長江氏が鑑定品を 「 偽 物 」 と判断 した最大の 根 拠 は、「 光 彩 」 ( こうさい ) で した。 曜変天目茶碗 は、鉄分などを原料とする 釉 薬 ( ゆうやく、うわ ぐ す り、英語の Glaze ) を掛けて焼きますが、最大の特徴は 茶 碗 の 内側 に広がる 鮮 やかな 光 彩 で、光と見る角度によって輝き方が ガラリ と変わります。 しか し、なんでも 鑑 定 団 で紹介された茶碗は 変 幻 ( へんげん、素早 く 現れた り 消えた り すること ) する 光 彩 ではな く、単に 赤、緑、青 などの 釉 薬 ( ゆ う や く ) がそのまま発色 したものに見えますが、これは東洋的な味わいに欠けています。鑑定品は色合いから見て、十 八世紀以降に作られたものだと推測 しています。 おそら く、ヨーロッパで 十 八 世紀以降に開発 された 陶 磁 器 釉 薬 用 ( と う じ き ゆ う や く よ う ) 絵 具 の 『 ス ピ ネ ル 顔 料 』 ( Spinel 、酸化鉱物の 一種を塗り付けて発色させたもので、私 ( 長江氏 ) はこれを 「 描 彩 天 目 」 ( び ょ う さ い て ん も く ) と呼んでいます。 時代からみても 宋代 ( 南 宋、12 ~ 13 世紀 ) の作品ではな く、鑑定品のような茶碗は 今 も 福 建 省 ・ 南 平 市 ・ 建 陽 ( け ん よ う ) にあった古い 窯 ( か ま ) の 建 窯 ( け ん よ う ) 周辺にある 模 造 品 ( もぞうひん ) 工房 で大量に作られていて、今 も 一 個、 二 千 円 ~ 三 千 円 で 購 入 で き ま す。とのことで した。所有者の ラーメ ン 店主が住む徳島県の教育委員会は、文化財指定に向けた調査を計画 していま したが、平成 29 年 2 月 9 日になって 一 転 し、調査を取りやめたことが判明 しま した。 [ 2 : 古 陶 磁 器 の 真 贋 ( し ん が ん ) 鑑 定 ]日本人の古い信仰によると、「 モ ノ 」 ( 物 体 ) は 古 く なると モ ノ でなくなり、霊 魂 を 獲 得 す る と考えられていま した。室町時代 後期 から 書 かれ、 三百 余 編 の 短 編 物 語 から成る 御 伽 草 子 ( お と ぎ ぞ う し ) の 「 つ く も ( 付 喪 ) 神 」 によれば、器 物 百 年 を 経 て、化 ( か ) して 精 霊 を 得 てより、人の 心 を た ぶ ら か す ( だます ・ あざむ く ) 。これを 「 つ く も 神 」 と 号 す と い へ りとありますが、「 つ く も 」 とは 「 九 十 九 」 のことです。「 つ く も 神 」 とはいかにも 不気味 で 不思議 な名前ですが、この 「 つ く も 神 」 を 「 古 い 陶 磁 器 」 と言 い 換えれば、 陶 磁 器 百 年 を 経 て、化 し て 精 霊 を 得 て より、人 の 心 を た ぶ ら か す 。これを 古 陶 磁 と 号 す と い へ り。ということになります。鑑 定 とは モ ノ の持つ 本性 ・ 価値 を見 極 めることですが、その作業は 経験的 ・ 技術的 な 性格 のもので、本物 を 数多 く 見ることにより養われる経験と知識、其れに基づ く 冷静な判断力、つまり 「 モ ノ 」 を 「 モ ノ 」 と して冷静に見ることが必要なのだそうです。 つ く も 神 は 「 モ ノ 」 を介 して人の 心 の 隙 に入り込み、 心 眼 を 狂 わ せ る 欲 に、 と り 憑 ( つ ) く も の といわれていますが、鑑 定 の 難 しさはここにあるのだそうです。 写真は 室町時代 ( 1336 ~ 1573 年 ) 末期 の 「 櫛 目 波 状 文 壺 」 ( く し め は じ ょ う も ん こ ) ですが、右側が本物、 左側が 贋 作 ( が ん さ く )です。素人が見れば、「 ニ セ モ ノ 」 の 方 が 立派 に見えます。 ( 2-1、箱 に も 価 値 が あ る 業 界 ) 私は 今年 8 4 歳、老妻は 7 9 歳になる 予定ですが 、数年前に もう 不要 になった ダ イ ヤ の 指 輪 などを、終 活 の 一 環 と して 「 貴 金 属 買 取 り 店 」 に売りに行きま した。 日頃は気が強 く 亭主を 尻 の下に 敷 こうとする く せに、いざとなると 交 渉 ご と に 「 押 し が 利 かない 」 老妻の頼みで私も同行 しま した。 買取り交渉の際に言われたことは、指 輪 の 入れ物 ( ケース ) があっても 無 く ても 値段 はほとんど変 わらない。「 ケース に は 偽 物 や 価 値 のないものが 多 いですから 」 と の こ と で した。写真は カ ル テ ィ エ の 指輪 と ケース ところが 陶 磁 器 や 茶 道 具 の 世界 では 入れ物 の 箱は 中身 を 保護 するためだけでな く、 中 身 を 鑑 定 ・ 保 証 す る 際 の 補 助 的 手 段 と して、極 めて重 要 であり、時には 中 身 と 同程度の価 値 があることを知りま した。 専門家の話によれば、関西のある茶道具商が 中身の「 茶入れ 」 ( 写真 の 黒 い 容 器、白いのは道具類を入れる 袋 の 仕 覆 = し ふ く ) を買わずに、茶入れの 箱 だけ を 数十万 円で買って行ったとのことで した。 箱 だけでも高値で売れたことに 素人 の 売り主は喜んだことで しょうが、中身と 一 緒であれば、驚 く ほどの高値で売れた可能性が高 く、箱 がなければ 十 分 の 一 の値段になって しまうことも、珍 し くないのだそうです。 その 茶 道 具 商 が 次 にすることは、買った 箱 にふさわ しい 裸 の ( 箱 が 無 く、鑑 定 の 書き付けも 無 い ) 茶 入 れを 探 してきて、箱 と 組 に して 売 ることにより、大 儲 け が 期 待 で き る の だ そうです。 つま り 古 陶 磁 器 の 鑑 定 に は 科 学 的 要 素 が 欠 落 し て い る た め に 、今回 の 「 なんでも 鑑 定 団 」 の 曜 変 天 目 茶 碗 の 鑑 定 同 様 に、偽 物 が 混 入 する 要素 が高 いとの ことで した。 ( 2-2、箱 書 き ) 価値 のある 古 陶 磁 器 や有名な作者の 陶 磁 器 は 木箱 などに大切に収められているのが普通ですが、 木箱 の 本来の目的は、陶磁器の保護であり、時には作者を特定する有力な手段ともなります。品物の伝来の由来等を記 し た 物 ( 箱 書き、書 付 ) が有れば、その 歴 史 的 価 値 を 裏 付 け る 事 になり ます。 鑑 定における 極 ( き ) め と は、中身の作品を鑑定 し、間違 いないものと して証明することを 「 極めをする 」 と言います。 この 極 め をその作品の箱に書けば、「 極 め 箱 」 と言います。 特に 著名人 が 所有 していた事を示す 書 付 や、 鑑 定 書 などが有れば、経済的価値も倍増されます。しか し この様な目的を持つ 箱 や 箱 書き 類 は、贋 作 ( が ん さ く、偽 物 作 り ) をする人や、贋 作 に 仕上 げる 人達 に取って、見 逃 す 事の 出来 ない、絶 好 の チ ャ ン ス になります。左の 「 箱 の 裏 蓋 」 に書かれた 「 極( き ) め 書 き 」 の 文 言は、 北 大 路 魯 山 人 先 生 之 作上の 箱書き は現代作家の作品の中で、 贋 作 が 一 番 多 い と い わ れ る 北 大 路 魯 山 人 ( 1883~1959 年 ) の ものですが、京都生まれの彼の本名は 北 大 路 房 次 郎 ( き た お お じ ふ さ じ ろ う ) で、 晩年まで、篆刻家 ( て ん こ く か、主に篆書 = てんしょ、を印文に彫る仕事 ) ・ 画家 ・ 陶芸家 ・ 書道家 ・ 漆芸家 ・ 料理家 と して有名で した。 [ 3 : お 宝 購 入 の 際 に、失 敗 な い た め の 心 得 ]
[ 4 : 偽 の 洋 酒 に だ ま さ れ た、 名 士 た ち ]まずは、下記の ブ ロ グ を読 んで 頂 こう。( 4-1 、ニ セ モ ノ の 定 義 ) ある 研究者 の 「 ニ セ モ ノ 」 に関する定義によれば、 要 す る に 「 ま ね る 」 ・ 「 だ ま す 」 ・ 「 売 買 す る 」 の 三 要 素 が互いに結 び つ いて、三 位 一 体 ( さ ん み い っ た い ) となったものが 「 ニ セ モ ノ 」 で す。 [ 5 : 国 産 洋 酒 の 品 質 向 上 ]昭和 3 0 年代 ( 1955 ~ 1964 年 ) 後 半 の こと、東京 オリンピック 開催 ( 昭和 39 年 = 1964 年 ) を間近に控えて、「 やはり、ブ ラ ン デ ー は ヘ ネ シ ー に 限 る ねー 」 などと 高 級 ク ラ ブ や バ ー で 通 ぶ っ て いる、一見 して 社 用 族 ら し い 紳士 を横目で見ながら、 ホ ク ソ 笑 んでいる バ ー テ ン ダ ー が いま した。 実 はこの フ ラ ン ス 製 のブ ラ ン デ ー、 ヘ ネ シ ー ・ ス リ ー ス タ ー ( 三 つ 星 ) も、ビ ン 以外 はすべて 「 ニ セ モ ノ 」 で した。偽 造 業 者 が考 えたことは 高級 ク ラ ブ や バ ー か ら 本物 の 空 き ビ ン を買 い集 め、中身 は 国産 の ブ ラ ン デ ー を詰 め、ビ ン の 王 冠 まで ア ル ミ 箔 を プ レ ス 加工 して 偽 造 して いたので した。 この ニ セ ・ ブ ラ ン デ ー 事 件 では、被害に遭った紳士方には気の毒で したが、海外の 高 級 ブランデー や ウイスキー と比 べて 国 産 品 の 味 や 香 り など 品 質 において 遜 色 がな く 、従って一流の ク ラ ブ や バー で 提供 しても見破られることもありませんで した。 偽 造 洋 酒 の 件 は、はからずも 国 産 洋 酒 の 優 秀 性 を 証 明 する こと となりま した。この 「 ニ セ 洋 酒 事 件 」 に共通 していたのは、中身が いずれも 国 産 の ウ イ ス キ ー や ブ ラ ン デ ー であり、表示 に 偽 りがあっても 中身 は きちんと し た 酒 税 法 上 の 「 蒸 留 酒 類 」 で した。 しかも 酒 税 を 納入済 みであることから、「 酒 税 法 違 反 」 にはならず、「 商 標 法 違 反 」 や 「 詐 欺 罪 」 で 犯人 グループ は、全 員 送 検 されま した。( 5-1、ニ セ モ ノ 洋 酒 の 銘 柄 ) 一般に 「 ニ セ モ ノ 」 についていえることは、その時期に最も 需 要 のあるものが 狙 われますが、昭和 3 0 年代後半 ( 1960 年 ~ ) から 4 0 年代前半 ( ~ 1970 年 ) の 高 度 経 済 成 長 期 にかけて 出回った 「 ニ セ 洋 酒 」 のほとんどが、次の 銘 柄 で し た。 しか し、洋 酒 類 ( 蒸 留 酒 な ど ) の 関 税 は、平 成 14 年 ( 2 0 0 2 年 ) 4 月 1 日から 廃 止 され 、その 結 果 洋 酒 の 輸 入 価 格 が 大 幅 に下 落 して 海外 で 洋 酒 を 購 入 する 利点 は 無 くなり、それらの 洋 酒 を 国内 で 偽 造 する メ リ ッ ト も無 く な りま した。 かつては海外旅行者が 帰国する際の 定番 ス タ イ ル であった 免 税 枠 の 「 三 本 の 洋 酒 」 を 手 に 下 げて 帰 る 姿 は、それ以後、 国際空港 から消 えま した。 関税について、詳 しく知りたい方は 下記の 「 p d f ファイル 」 の 二 ページ 目 を お読 み下さい。 [ 6 : 容 姿 に よ る 社 会 的 格 差 ]「 人 は 見 た 目 が 九 割 」 と 世 間 では 俗 に言われますが、生まれつき 容 姿 に 恵 まれた人は 第 一 印 象 で 相手に与える感 じ が 良 く、 従って 就職時 の 面 接 や 「 婚 活 」 の際 にも、 非常に有利 に な ります。 しか し 外見 や 身 長 に 劣 る 男 性 や 容 姿 に 恵 まれない 女 性 は、 就職 や 結婚 に際 して 選 択 肢 が 少な く、恋愛 が 市場化 した現在においては、結 婚 どころか 交際相手 すら見つけるのが困難 になって しまいます。 一説 によれば、就職する会社によって 生涯賃金 に 三千万円 ~ 五千万円 の違いがあるといわれるので、容 姿 に 恵 まれない 人 は、収 入 面 で かなりの 「 格 差 」 に 遭 うことが予想されます。( 6-1、救 い の 神、美 容 整 形 手 術 ) 両親から受け 継 いだ 遺伝子 の 「 な せ る わ ざ 」 を い く ら 嘆 き 悲 しんで いても、問題の解決にはなりません。そこで最近は 医療技術の著 しい進歩や、女性に求められる 「 容姿の基準 」 が厳 し く なってきたことなどを背景 に、思 い 切って 美 容 整 形 外 科 に足を運び、顔 や 胸 などを 整 形 する女性が増えていると い われて います。 顔の 造 作 のうち、最も 目 につ く 一 重 ( ひ と え ) ま ぶ た を チ ャ ー ミ ン グ な 二 重 ( ふ た え ) にするだけでな く、なかには 目 ・ 鼻 ・ 口 ・ ア ゴ の 輪 郭 ( り ん か く ) まで す べ て 整 形 する女性も い るそうです。 更に顔だけでな く、 ペ チ ャ パ イ ( ペ チ ャ ン コ な オ ッ パ イ ) に 「 シ リ コ ン 」 の 袋 を 入 れる 「 か さ 上 げ 手 術 」 を したり、自分の体から 採 った 脂 肪 や ヒ ヤ ル ロ ン 酸 の 注射 で 豊 満 な 乳 房 に 整 形 するなど、大掛かりな 美 容 整 形 手 術 をする女性も 中 には いるそうです。 ( 6-2、手 術 前 ・ 手 術 後 ) 女子 ス キ ー ジ ャ ン プ の 世界選手権 で 最近 W 杯 5 3 勝 の 大記録 を達成 した 高 梨 沙 羅 ( さ ら ) 選 手 ( 2 0 歳 ) は、最近 目元 が パ ッ チ リ して 美 人 になったので皆を驚かせま したが、巷 ( ち ま た ) の ウ ワ サ では 美容整形 を したら しいと の ことで した。 大会や 公開合宿 には、スポンサー である 資 生 堂 の 美 容 部 員 が ヘ ア ・ メ ー ク 担 当 と し て ピ ッ タ リ 付き 添 っている ら し いので、 「 女 優 な み 」 だそうです。容 姿 に 自信 が 付けば、やがて ジ ャ ン プ の 飛距離 にも 好 影 響 を 及 ぼ し、更なる 記録更新 につながるので 結構 なことです。 [ 7 : 美 容 整 形 手 術 が 盛 ん な 韓 国 ]平成 26 年 ( 2014 年 ) 6 月 21 日 の、アメリカ A B C 放 送 によれば、美容整形 が目的で韓国を訪れる外国人観光客 のうち、中国人観光客 が 最 も大きな 顧 客 層 となっていると伝えま した。 I S A P S ( International Society of Aesthetic Plastic Surgery、 国 際 美 容 外 科 学 会 ) の 統 計 データ によ ると、韓国 ・ ソ ウ ル の 女 性 5 人 中 1 人 が 美 容 整 形 手 術 の 経 験 がありますが、米国では 20 人中 1 人となっており、いかに 韓国 で 美 容 整 形 が 普 及 しているかが分かります。 韓 国 健 康 産 業 発 展 研 究 所 がこのほど発表 した報告書によると、韓国で 美 容 整 形 手 術 を行った 外 国 人 旅 行 客 は 2009 年には 2,8 5 1 人 で したが、2012 年には 1万 5,8 9 8 人にまで急増 しており、年間平均増加率は 7 7.3 % となっています。 ソ ウ ル に来て 美 容 整 形 手 術 をおこなった ある 米 国 人 女 性 によれば、「 米 国 では 8 千 ド ル ( 約 9 0 万円 ) はかかる 手 術 が、韓国 だと 2 千 ~ 4.5 千 ド ル ( 約 2 2 万 ~ 5 0 万 円 ) で 済 む 」 と 話 していま した。 また 同報告書 では、中 国 人 観 光 客 が 米 国 人 観 光 客 を 抜 き、韓 国 美 容 整 形 市 場 の 最 大 外 国 人 顧 客 層 となっていると指摘 しま した。2 0 1 2 年に韓国の整形外科を訪れた中国人観光客は 9,8 3 3 人 で 、韓国で整形外科を受ける外国人の 6 2 % を占めていま した。( 7-1、金 慶 珠 の 巻 ) 関西では 日曜日 の午後、 読売 テ レ ビ で 「 そこまで 言って 委員会 N P ( No Problem、ノー プ ロ ブ レ ム ) 」 という番組がありますが、そこに時々出演 して 反日 の立場での意見を 一方的 に まく し立てる韓国人の 東海大学 准教授 の女性がいますが、名前を 金 慶 珠 ( キ ム ・ キ ョ ン ジ ュ ) と い い ます。 現在は 芸能事務所 ホ リ プ ロ にも所属 して芸能番組にも 毎週 出演 していますが、彼女の 美容整形前 と 「 何 度 も 整 形 手 術 を し た 後 」 の 写真 が 下記 の 動画 にありますので、議 論 の 内容 はともか く 御覧下 さい。 多 額 の カ ネ を 掛 けさえすれば、生 まれは 「 並 の 顔 」 で も、 見違えるような 美 人 になれる 見本 です。 参考までに 下 表 を見 れば、韓国 は 人 口 千 人 当 た り の 美 容 整 形 手 術 数 で、世 界 第 三 位であり、日 本 は 第 九 位 です。日本以上に 「 格 差 社 会 」 である韓 国 は、 美 容 整 形 大 国 であることが分かります。 人口 千人 当たり、美 容 整 形 手 術 件 数
[ 8 : 美 容 整 形 美 人 に 対 す る 評 価 ]ところで 美 容 整 形 手 術 を したいわゆる 「 整 形 美 人 」 は、はた して 「 ホ ン モ ノ 」 と いえるので しょうか?。「 ニ セ モ ノ 」 の定義については、すでに [ 4-1 、 ニ セ モ ノ の 定 義 ] で述 べま したが、再掲すると、の 三 要素 があります。 「 A 」 の 「 ま ね る 」 については 整 形 希 望 者 ( 患 者 ) の 頭の中には 自分なりの 理想的 な 「 美 の 基 準 」 ( 例 えば、映 画 や T V ス ター の 誰 々 さんや、歌 手 の 何 某 さんのように ) があるはずで、その 基 準 に従って 顔 などに 修 正 ( 整 形 )を 希望 するわけです。 美 容 整 形 までいかなくても、髪 型 を A K B 4 8 の 誰 々 さんのように して欲 しいと、写 真 持 参 で 要 望 する お 客 が 美 容 院 に は あるそうですが、つまり 「 まねる 」 という 要 件 を 満 た す ことになります。 「 B 」 の 「 だ ま す 」については、美 容 整 形 手 術 は 異 性 に好かれるために行う、最も大掛 か り で カ ネ の 掛 かる 行 為 といえます。実際に 顔 や 体 などの 造 作 ・ 容 姿 が、異 性 を 魅 了 するうえで 重 要 な 要 素 であることは、議 論 の 余 地 がありません。 一 部の 整 形 美 人 は 自分の 容 姿 を 武 器 に し て、 三 高 ( 高 身 長 ・ 高 学 歴 ・ 高 収 入 ) の 男 性 をひきつけ、相手と結婚 しようと しますが、男性が彼女の 容姿 に 惹 ( ひ ) かれて結婚することになれば、整 形 美 人 に だまされた ことになります。 なぜなら 豊 胸 手 術 に前述 した ヒ ヤ ル ロ ン 酸 を 注 入 した場合、半年後から吸収 により 「 胸 が 小 さ く な り 始 め 」、百 万 円 近 く 掛けても、 僅か 三 年 程 度 で 元 の ペ チ ャ パ イ に 戻 る と いわれているからです。 さらにい く ら 手 術 に カ ネ を掛 けて 整 形 美 人 に 仕 上 げ て み て も、 D N A ( 遺 伝 子 ) には全く影響 しないので、その 女 性 が 産 む 子 は、 手 術 前 の 自 分 の 顔 に よ く 似 た、 「 並 の 器 量 の 娘 」 し か生まれて来ないので あ し からず。 「 C 」 の 「 売 買 す る 」 については、整形美人の 容 姿 に 惹( ひ ) かれて彼女と結婚 した男性は、今後の人生において自分の収入や財産 を 当 然 彼 女 と 共 有 することになります。結婚を金銭的な側面から考えると、この男性は整形美人の魅力に だ ま さ れ て 彼女を 購 入 し て しま っ た と 解 釈 す ることもできます。( 注 参照 ) [ 注 : 売 買 婚 の 契 約 ] 男性 側 から 女性 側 に 物 品 または 金 銭 を 贈ることで 女性 を 「 引 取 る 権 利 」 を得る 婚 姻 方 式 を 売 買 婚 という。 その際にお金を払った 証 ( あ か し ) と して 花 嫁 の 父 親 に ( 物 品 の 一 部 と して ) 指 輪 も 渡 していたのが 結婚指輪 の 始 ま りであり、紀元前 1 世紀頃 の古代 ロ ー マ 時代 の 風習 であたと言われている。 最初は、売買契約 の 証拠 と して贈られていた 指輪 が、次第に 結婚 することによる 永遠 の 絆 や 愛 を 象徴 するもの へ とその意味合いを変えていった。現在のような 「 結婚指輪 」 を最初に身に付けたとされているのが、9 世紀の ローマ 教皇 ニ コ ラ ウ ス 1 世である。以上のことを 勘 案 すると、 整 形 美 人 は いわゆる 「 ニ セ モ ノ 」 の 構 成 要 件 に 該 当 すると 思 われますが、いかがで しょうか !!。
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