2001.10.31
この間の日曜日に「13デイズ」のビデオを見ました。 このビデオは1962年10月に起こったいわゆるキューバ危機の中で、ジョン・F・ケネデイー、ロバート・ケネディー、 ケネス・オドネルの3人がいかに対処したかをケネス・オドネルの立場から描いた映画です。 ロバート・ケネディーの日記「13 Days」とケネス・オドネル(1977年に亡くなった)へのロング・インタビューをもと にして若干の色付けがされたが、ほぼ事実が描かれているということだ。 キューバに中距離ミサイル基地がソヴィエトによって建設されているのを、1962年10月15日にアメリカの偵察機 U2Fが上空から写真撮影して、ホワイトハウスに報告することから始まります。 アメリカのノドもとに突きつけられたミサイル基地建設を阻止するためにどのような方策を取るか、ホワイトハウスの 中で政策が練られる。 ここでケネディーは攻撃的な方策を取らず、海上封鎖という方法をとる。 さらに国連でキューバに建設されている ミサイル基地の写真を提示して、ソヴィエトの主張を覆す。 綱渡りのような交渉の末に、ソヴィエトが撤退するという決着を引き出すのだが、これは事実がこうだったのかどう かはわからないところもある。 しかし、今この時期にこの映画を見るのはなかなかよいと思いました。 大国の指導者が、戦争をはじめるときに、いかに将来の展開に関して想像力を働かせうるか、自らへの 評価を考えながらも、国民を世界をいかに考えるか。 ケネデイーは「弱腰」と言われながら、しかしこの戦闘を開始しない選択をしたのだと思う。 対したソヴィエト-フルシチョフも戦闘を開始する道を選ばなかった。核戦争への想像力があったのだろう。 このときキューバは国を挙げて対米戦争を戦い抜く決意を固めていたということが明らかになっている。 この状況を今と比べてみると、ブッシュ大統領とその側近がどのように展開を突き詰めて考えたのだろうと 思う。確かに多くの市民を殺され、ペンタゴンを破壊されたことへの怒りと屈辱感はあるだろう。 しかし、それがすぐにアフガニスタン爆撃に繋がるような短絡的な危険な勇気しか持っていないことが怖い。 アメリカの大統領はアメリカ国民に対してだけではなく、まさに全世界の命運を握っていることをひと時も忘れては いけない。 世界の富を集めて、もっとも強い国となっているからこそ背負わなくてはいけないものがあるはずだ。 ケネディーの選択が戦争に繋がらなかったのは、単に幸運だっただけだという意見もあるようです。 しかし、直ちに攻撃に出ていたら間違いなく戦争になっていたでしょう。 そうならなかったことは幸運であった と思います。私達も生き延びることができたのだと。 |
HOME | HARD TALK |